天国へ旅立った莉愛
投稿者: ゆうたん ....spmode.ne.jp
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2016/06/10(金) 23:47 No. 14586 |
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今日は2016年6月10日。 御産を終えた嫁が家に帰ってきて、昨日までままがいなくつて大変だった長女もぐっすり寝ました。 一昨日の6月8日、いつもの定期検診のため、仕事午前中休んで妻を産婦人科に送って行き、長女と家でむかえの連絡がくるのを待っていました。 電話がなり、今日はいつもより時間がかかったなと思いながら電話に出ると、妻が泣きつかれた声で、赤ちゃん死んじゃったと伝えられました。 あまりに急な話で同様は隠せませんでしたが急いで長女と産婦人科へ向かいました。 院長から、残念ながら心臓が動いてません。少し形も崩れてきてるかも、母体に影響するからなるべく早く出さないとと言われ、その日のうちに緊急入院することになりました。 翌日6月9日。朝から促進剤をうち、普通の御産という形で赤ちゃんを出しました。 正直、まだその時は心の準備はできていなかったかな。 長女がものすごい手がかかる子でもうすぐ3歳になるのですが親に預けてきた心配のほうが強かったかもしれません。 陣痛が軽いうちは妻と色々な話をしました。 長女に対する心配事が多すぎで、正直2人目ができたらこれから俺らどうなるんだろうとか、長女のことで頭いっぱいだから2人目できても俺はしばらく長女専門だね、などと前々から話はしていました。 こんなことになるとは全く想像していませんでしたし、普通に産まれてくるもんだと思いこんでいました。 死んでいるって分かっているのに、どうお産に立ち会えばいいかよくわからないよ。 いざ分娩室に入ると1人目同様にご主人は分娩室の外で少しお待ちくださいと言われ待っていました。 さすがに気持ち的にはあたふたしていました。 しばらく待っていると院長がでてきて、無事終わりましたと告げられました。 えっ、俺はやっぱ立ち会えないのか、、、
まだ奥さんも赤ちゃんを見ていないのですが、ご主人どうなさいます?御覧になられますか?
見せてください。
中に入ると、ステンレスのトレイに赤ちゃんが乗って、ガーゼのようなもので隠してありました。
見せてもらった瞬間、長女の生まれた時と似ていました。 8か月に入っていたので、もうちゃんと人間の形をしていました。 あのときの気持ちは、今もうまく表現できません。 ショッキングなものですので奥さんにも見る見ないの判断をご主人が確認してくださいと言われ、お産後初めて妻のもとへいくと、妻は涙を流していました。
頑張ったね。
思わず私も涙が溢れてきました。
嫁も迷わず赤ちゃんを見ました。
身長36センチ、体重820グラムの女の子。
それから泣きながら二人で色々な話をしました
今日6月10日。予定通り退院の日。
部屋で待っていると赤ちゃんを包んでくれた箱と一緒裏口からの退院になりました。
見送ってくれた担当の助産師さんの深いお辞儀が、今も心に残っています。
おぎゃあとも聞こえない、おめでとうも聞こえない、そんなお産でしたが、忘れることはないでしょう。
時期も時期なので、赤ちゃんは今クーラーボックスに保冷剤を入れて家で保管してあります。
クーラーボックスを抱いて、少し前も私は泣いていました。
実をいうと5月の31日、6月1日に、3人での最後の思いでとして、ディズニーランドに泊まりでいきました。
今となればこれが4人での最後の旅行になってしまいました。
このときには既にお腹の中で死んでいたかもしれませんが、思いでとして写真はたくさん残せました。
明後日6月12日午前9時、次女を火葬場で焼いてもらいます。
それまでの時間を大切にしたいと思っています。
うちはまだ長女がいるので、悲しみを薄れさせてくれる部分はあるのかもしれませんが、次女と一緒に、家族4人で暮らしたかったな。
莉愛、、、ごめんねぱぱたち守ってあげられなかったね
天国でぱぱとままとお姉ちゃんを見守っていてください。
全国のぱぱやままさん。
子供はこれ以上ない宝物です。
時には怒ってしまうことも必ずあります。
小さな命、これからの未来は変わってしまったかもしれないけど、長女の存在の大きさを改めて実家した私が今ここにいます。
辛い思いをした方は世の中にたくさんいると思います。
他人の子供でも、もちろん自分の子供でも、温かくみんなで守っていきましょう。
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投稿者: アップル ....ocn.ne.jp ..2016/06/20(月) 10:04 No.14599 |
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ゆうたんさん、はじめまして。 莉愛ちゃんとおっしゃるんですね。可愛らしいお名前ですね。 少し遅くなりましたが、お読み頂いているでしょうか?
私も、12年前ですが、6月に流産ではありますが、お腹の子どもを亡くしています。 その前にも流産と子宮外妊娠をしています。 現在は4度目の妊娠での娘が一人おります。
うちも、流産の手術の時に、ゆうたんさんのように、主人が仕事を早引きして、駆け付けました。 ゆうたんさんご夫妻とは違い、ゆうたんさんが仰るように、上がいない分、3回も産声をあげない子どもを亡くし、いつになったら、私達夫婦は無事に出産し、子を持つ事が出来るのだろう、そういう先の見えない不安、絶望はありました。
ですが、ゆうたんさんのように、お姉ちゃんがいるからこそ、家族4人で過ごしたかったという想いは、計り知れないものだろうと、お察しします。 奥様には、ご長女を通した、お母さんのおつきあいもお有りかと思います。 ゆうたんさんがお仕事に行き、奥様がご長女とお家で二人きりで過ごされる日々は、想像以上に長く感じることもあるのではないでしょうか。
もしかしたら、いつになったら、穏やかな妻、長女の母に戻ってくれるのだろう?という、焦りも出て来られるかも知れません。 お仕事へ勤めながら、大変かと思いますが、お優しいゆうたんさんのこと。 どうか、奥様を支えてあげてくださいね。
私も、会社勤めの夫の帰宅はいつも遅く、帰りまでは一人、寂しい想いをしましたが、帰宅してからや、休みはそばにいてくれました。 当時は、二人で沢山亡くした子の話しをしました。
お父さんからの貴重な書き込み、もしかしたら、共感している、他のお父さんもいらっしゃるのではないでしょうか。 私も、母親側ですが、ゆうたんさんのようにご家族を大切に思われている、書き込みを拝見し、心が温まりました。
ありがとうございます。
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