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「大腸ファイバー」とは、肛門から細長い筒状のカメラを挿入して、大腸の中を一周観察する検査です。大腸カメラは、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)と比べると、受ける側にとっては手間の多い検査です。準備は検査前夜から始まります。
夕食を20時まで消化の良いもので済ませて、寝る前に飲み薬の下剤を飲んで夜中に便を排出させます。さらに当日の朝、二リットルもの液状の下剤を飲み、大腸を完全に空っぽにします。便が残っていると大腸の壁がきちんと観察できず、検査の質が落ちるからです。
当日は検査室の前に大勢の患者が並んで座り、透明な便が出るようになったのか問診されます。便の出やすさや下剤への反応は人それぞれで、すべての便が排出されるまでにかかる時間は人によって違うでしょう。普段から便秘気味で、大腸内に残便が多かった人は時間がかかります。すぐに便が出る人もいれば、なかなか便が出ない人もいます。
患者側としては、少し面倒な検査です。さらには、検査そのものにかかる時間も人によって違います。大腸の長さや、その曲がり具合、走行は人によって全く異なり、それがカメラの通りやすさを左右するからです。
このことを話すと驚かれることは多いのですが、目や鼻の形、大きさ、手足の長さ、身長などが一人一人違うことを思えば、むしろ当然のことでしょう。ちなみに体の大きな欧米の方より日本人の腸はとても長いのです。内臓の大きさや長さと、外観でわかる身体上の特徴が大きく異なるのは、それを自覚できるか否かです。
我々は日頃から、他人との大腸の長さの違いを実感することはないでしょう。あなたの大腸は私の大腸より二〇センチメートル長いかもしれないが、特別な理由がない限り、あなたはそのことに気づかないでしょう。普段は多少長くても困らないからです。
このように、人体には生存に影響を与えない範囲内で遊びがあるのです。胃や肝臓の大きさ、小腸や大腸の走行、血管の太さは人それぞれ違います。外観と同様に、臓器にも健康に生きるという目的を果たせる範囲内で個性があるのです。
一方、その個性が、遊びの範囲を超え、人体に悪い影響を与えるようになれば、それを「個性」ではなく「病気」と呼ばれています。大腸は多少長くても困らないのですが、長すぎて慢性的な便秘になったり、腸がねじれたり(「捻転」と呼ばれる)しやすい状態になれば治療が必要になります。
たとえば「S状結腸過長症」と呼ばれる病気は、S状結腸が長すぎてトラブルを引き起こす病気のことです。大腸を短く切り取って摘出し、上流と下流をつなぎなおす手術が必要になります。私はこの手術を腹腔鏡で行いました。ちなみに大腸には、盲腸・上行結腸・横行結腸・下行結腸・S状結腸・直腸と、各区画に番地のごとく名前がついています。
小腸から流れてきた液体は、この順に大腸の中を流れ、便になのます。「S状結腸」という名前は、その「S」の形に由来する。「S」の湾曲の程度も人によって実にさまざまです。大腸の「遊び」は、他にもたくさんあります。
「虫垂炎」という病気をご存知だろうか? なぜか昔から間違って「盲腸」と呼ばれている病気です。前述の通り盲腸とは部位の名前で、盲腸にぶら下がった「虫垂」という管に炎症を起こす病気が「虫垂炎」です。虫垂はお腹の右下にあるため、典型的な症状は「右下腹部痛」です。しかし、「右下」といっても人によって痛む位置は少しずつ違います。
虫垂のサイズや走行は人によって異なるからです。細くて長い人もいれば、太くて短い人もいます。上向きに伸びている人もいれば、下向きに垂れ下がっている人もいます。同じ虫垂でも、その様子は人によって多種多様だといいます。
実は盲腸の位置も、人によって少しずつ違うといいます。小腸が接続する位置より下側の大腸を「盲腸」と呼ぶのは誰しも同じですが、ここが生まれつき周囲に固定されておらず、あちらこちらに移動できる人もいます。この状態を「移動盲腸」と呼びます。
盲腸の位置が違えば、ぶら下がる虫垂の位置も異なるのです。そこに炎症を起こせば痛みを感じる位置もさまざま、というわけです。盲腸は、もしかすると固定されていないかもしれません。虫垂は、病気になって検査をされない限り、そのことには気づかないでしょう。このような正常範囲内の「個性」は、生活に何ら影響を与えないからです。
余談ですが、私の大腸は「とても検査しやすい」といわれています。大腸カメラを担当した医師によれば、S状結腸がないので、カメラが通りやすいというのです。大腸カメラを受けたときの痛みが人によって違うのは、こうした臓器側の要因によるところが大きいでしょう。一方で、多くの人は「術者の腕がいいほど痛みが少ないはずだ」と考えます。
確かに医師によって多少の技術の差があるのは否めませんが、「スムーズに検査を終えられるか否か」は、臓器の「個性」によるところも大きいのです。ちなみに、胃カメラを受ける場合は一般的に、大腸カメラと違って下剤などの薬を内服する必要はない。健康な人であれば、一晩眠ると胃の中はたいてい空っぽになってしまうからです。
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