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デジタルと対比して、アナログは類推を意味します。未知のものに遭遇したとき、自分が知っていること、経験したこととの類似性や共通点を探り、未知のものを理解し、判断するということです。
過去に起きたこと、今、世界で起きていることを知り、それとひも付けて自分の現場で起きていることについてインスピレーションやイマジネーションを得る思考方法です。アナログは切れ目なく連続するデータです。
アナログ時計は針が円盤を一周し、おおよその時間を知らせます。デジタル時計は分刻み、秒刻みで正確な時間を示します。アナログ思考について 『広辞苑』では、物事を割り切って考えないことと定義しています。
個々のデータを単独で捉えるのでなく、他のデータとのつながりを視野に入れて考える思考と定義しています。これに対してデジタル思考という言葉があるとすれば、それは物事を割り切り、個々のデータを独立して扱い、データの繋がりや類似性を否定する考えです。
1980年代の後半、日本の株式市場が右肩上がりの大活況を呈していた頃、多くの企業で財テクという言葉が流行りました。資金を預金で寝かせるのでなく株式、債券、不動産などに投資し、資産の運用を効率化し、本業以外の利益を拡大するというものです。
トヨタ自動車や花王、オリックス、イトーヨーカ堂、三菱商事など流行に乗らなかった企業もありますが、その数は少なかったです。財テクに踊った多くの企業は1990年代に辛酸をなめることになりますが、彼らが踊ってしまった理由は何か。
それはデジタル思考で今の株価上昇だけに目を奪われ、過去の似たような経験を学び、そこから類推するアナログ思考ができる経営者や経営企画、財務部門のスタッフがいなかったということです。17世紀のオランダで起きたチューリップバブルをご存じでしょうか。
オスマン帝国に派遣されていたオランダ大使が美しいチューリップに魅了され、研究の対象としてオランダに持ち帰ったことがきっかけとなり、国内で栽培のブームが広がります。そして球根への需要が高まり、ある時点から球根の価格が加速度的に上昇するのです。庶民の年収に相当する金額にまで値上がりが続き、そしてバブルは一気に破裂するのです。
フランスでは18世紀に米国の植民地会社(ミシシッピ会社)への株式投資が巨大な投機ブームを引き起こし、そのバブルの崩壊が国民を困窮させ、フランス革命につながったという説もあります。まさに歴史は繰り返すのですが、未知の状況に遭遇したとき、私たちはその状況だけに注力するデジタル思考に陥りがちです。
過去をひも解き、類似性を探り、判断するという思考、アナログ思考を活用することは難しいようです。アナログ思考の意義を認識し、ビジネスパーソンの育成に活用したのが、ハーバード・ビジネススクールです。
1908年に設立された世界最古のビジネススクールの一つです。 戦略、マーケティング、営業、会 計・財務といったビジネスの基本機能に加え、起業家精神、リーダーシップ、組織・人材マネジメントなど、様々なテーマのケースが業種、国を超えて作成されています。
政府や非営利組織の経営までもケースの対象 になっています。全世界で毎年300〜400種類のケースが作成されています。2002年1月には日本にもリサーチセンターが設立され、日本企業については約100社のケースが作成されているようです。MBAの学生は2年間で500〜600種類ものケースを読了することが求められます。
ある卒業生は「筋力がトレーニングによって鍛えられる感じです」と語っています。アナログ思考の神髄は、まさにトレーニングのように世界の森羅万象を疑似体験し、それにひも付けて自らの現場で起きていることを考える、ということです。ハーバード・ビジネススクールの創立者たちは、この価値に着眼したのだと思います。
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