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現在の宇宙が膨張しているということは動かしがたい事実となっています。しかしこれだけでは、ビッグバン宇宙論が主張する「宇宙は有限の過去のある時点で突然、超高温・高密度の爆発で始まった」ということにはならないでしょう。
現在の宇宙膨張のペースを変えずに時計の針を巻き戻せば、約140億年で全宇宙は一点に縮まってしまいます。実際には宇宙の膨張の仕方は時間とともに変化し、それは宇宙に存在する物質がどういうものかによって決まります。
だが、宇宙を満たしているのが我々の知る通常の物質だけならば、やはり過去にさかのぼると、どこかの時点で宇宙は一点に縮んでしまうという結論は変わらないでしょう。したがって宇宙は無限の過去にさかのぼることはできず、過去のある時点で始まった。
つまり過去に向かう方向の「宇宙の果て」が存在するということは、素直に考えればこの時点で得られたはずの結論でした。だが人間の思考というものは、既存の概念や偏見に左右され、往々にして回り道をします。
歴史的には、「宇宙は膨張するけれども永遠不変である」とする定常宇宙論なるものが1940年代に登場し、一時はビッグバン宇宙論より優勢ですらありました。アインシュタインが宇宙定数で失敗したのと同じようなことが、また繰り返されたのです。
結局のところ、この当時は「宇宙というものは永遠不変であるべき」という考え方が支配的で、「宇宙が過去のある時点で誕生して常に進化し続ける」などという概念を受け入れる素地がなかったのでしょう。
今から考えればこれは明らかな間違いだし、そのように考える論理的根拠もないのですが、どうしてそんなことになったのか。当時の人間と話をすることができない以上、ある程度推測にならざるをえないのですが、おそらくは偉大な成功をおさめたニュートン力学に基づく物理的世界観の影響が強かったのではないだろうか。
相対論が登場する以前、この理論はリンゴが木から落ちるという現象と惑星の運動を同じ物理法則で説明することに成功し、近代科学の礎となりました。ここで仮定されている時間と空間は互いに独立で、空間は無限の過去から無限の未来まで絶対不変なものであった。
この世界の物質の「入れ物」がそうなのだから、その中にある物質も含めて、宇宙は永遠不変と考えるのが自然だったのでしょう。そもそも、宇宙の誕生や進化を科学の俎上にのせるということ自体、思いもよらないことであったかもしれません。
その点、多くの地域や民族に伝承されている天地創造神話において、この世界は過去のある時点で創生された、すなわち宇宙は過去に向かって有限であるとしていることは興味深いことです。その意味では、これらの神話はニュートン力学に影響された20世紀前半の物理学者たちよりも正確な宇宙観をとらえていたと言えます。
ニュートン力学はもちろん偉大な科学的進歩であります、その進歩ゆえにかえって間違ったり後退したりすることもあるということだろうか。しかし、神話や伝承に見られる人類の豊かな想像力をもってしても、今の宇宙が膨張を続けているという想像はできなかった。
相対性理論の誕生は、この一時後退した宇宙観を再び「宇宙は過去のある時点で突然始まった」というものに戻すだけでなく、さらに「宇宙は膨張する」という前代未聞の宇宙観を人類に突きつけました。すぐには受け入れられなかったのも無理はないのかもしれません。
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