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  小話2026年2月分上  仲條拓躬2026/02/24(火) 16:47 
  宇宙は何色でしょうか  仲條拓躬2026/02/21(土) 10:38 
  プルトニウム問題の具体的解決策  仲條拓躬2026/02/21(土) 10:36 
  根強かった微生物の自然発生説  仲條拓躬2026/02/19(木) 18:06 
  アメリカの本土防衛とは  仲條拓躬2026/02/19(木) 17:12 
  自転車の青切符導入について  仲條拓躬2026/02/19(木) 17:06 
  星の死である超新星爆発  仲條拓躬2026/02/18(水) 19:08 
  独自の意見を模索する  仲條拓躬2026/02/18(水) 19:05 
  顕微鏡が明らかにした世界  仲條拓躬2026/02/17(火) 16:32 
  マリ・キュリーの見た地上の星  仲條拓躬2026/02/16(月) 18:22 






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小話2026年2月分上
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:47
No. 8154
 
  マグロをどれだけ食べられるかなんていう番組を見ているとやばいなぁ〜と思うのです。人間より大きなものを食べるときには心臓の危険度も高まるといいます。週に5切れぐらい以上は摂取しないほうがよいという研究結果も出ているのです。魚にはダイオキシンやPCBなど有害有機物質の問題があり、体にダメージを受けずにどの位だったら食べていいのか、という事が問題になりました。

世界のどこの民族でも、大体近くの民族とは長年のライバルで、仲があまり良くありません。だが、そういう近隣同士の敵対意識を乗り越えて、ドイツとフランスは和合して自分たちを強化しようとしているのです。一方日本は、独仏と比較すると、日本を愛してなどおらず、中途半端な状態で構わないと政治に無関心になっているとしか思えないのです。

北関東で一番住みやすい街 茨城県守谷ベスト20
第20位 筑波エクスプレス。第19位 スイーツ激戦区。第18位 ヤシの木 うえがし。第17位 酪農団地。第16位 守谷 キッズ 急増中。第15位 茨城 チェーンかすみ。第14位 藤井商店 常陸牛。第13位 さくら坂 ビバージュ。第12位 関東鉄道常総線。第11位 守谷に移住。第10位 132箇所の公園。第9位 平将門 伝説。第8位 八坂神社。第7位 アーカスプロジェクト。第6位 そばの名店。第5位 菜の花ロード。第4位 工場。第3位 つくばエクスプレス 総合基地。第2位 守谷サービスエリア。第1位 森を楽しむ遊歩道。

1万人が選んだ冬季オリンピック 感動の名場面ベスト10
第10位 女子チームパシュート。第9位 北京 高木美帆。第8位 北京 平野歩夢。第7位 2010年浅田真央 涙の銀メダル。第6位 2018 流行語大賞カーリング 女子 名勝負。第5位 2014 羽生結弦伝説のショートプログラム。第4位 2006 荒川静香 悲願の金 イナバウア。第3位 2014 日本中が涙 浅田真央 伝説の4分間。

カーリングのストーン 16個セットで160万です。イギリスの特別の石です。

バビロフの運命は、クレムリンでは既に方向が定まっていたのかもしれません。ただ決定打となったのは、因果の糸が絡み合って起きた些細な出来事だったといいます。調査旅行から帰国したバビロフは、報告のためにクレムリンに出向きました。クレムリンの廊下を大急ぎで歩いていました。勢いよく角を曲がろうとした時、反対からも誰かやってきました。正面衝突した2人は床にひっくり返り、鞄の書類も散乱しました。バビロフの目に飛び込んできたのは、恐怖におびえきった相手の顔でした。それを見てしまった以上、長くは生きられない。バビロフは覚悟しました。なぜなら相手はスターリンだったからです。

1957年10月4日、ソ連のバイコヌール宇宙基地からロケットが打ち上げました。ロケットはアンテナが伸びる銀色の球体を放出し、軌道に乗せました。人工衛星スプートニク1号です。スプートニク1号は単純な送信機で、9分で地球を1周しました。世界中の人びとが、夜ごと屋根に登って空を見上げました。このちっぽけな人工衛星は、どんなにあり得ない夢もかなうことを教えてくれました。人間がつくったものが夜空に浮かび、星のようにまたたいているのです。

カールは、月に向けて出発するアポロ計画の宇宙飛行士たちに指示を出しました。生物学者、地質学者、天文学者、物理学者、化学者が一堂に会して議論するなど、かつてないことでした。彼は惑星科学の創成期に道筋をつけ、それが現在も生きています。分野の垣根を越えた惑星研究を扱う初の科学論文誌「イカロス」で編集長を務めたのも彼です。この雑誌は今も続いています。

中国南西部、貴州省平塘県に世界最大の500メートル球面電波望遠鏡 (FAST)があります。ブロッコリーのように樹木がこんもりと茂る、とがった山頂が連なる山々の谷あいで、FASTは2016年9月に初めて宇宙電波を受信して正式に稼働を開始しました。それまで世界最大だったのは、1963年にプエルトリコにつくられたアレシボ天文台の電波望遠鏡でした。FASTの感度はその3倍で、しかもアレシボの電波望遠鏡にはない機能をもっています。

退職金の目的は、社員を定着させる事。すなわち、定年まで辞めさせないようにするものでした。途中で退職する場合は損をしますよというメッセージを持っていました。それは、自己都合退職の場合、減額する規定になっているわけです。民に限らず、役人を見ればお解りだと思います。だが、現在では、中高年齢者には早く辞めて頂こうと考えている経営者の方もいるのではないでしょうか。その逆に、社員にとっても、定年まで勤めるという気持ちがどれくらいあるでしょうか?

 





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宇宙は何色でしょうか
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/21(土) 10:38
No. 8153
 
 
現在、人類が宇宙をどれだけ遠くまで見通しているのか、もう一つの指標が記載してあったので紹介します。電磁波が宇宙を一様に満たして飛び交っている状態を宇宙背景放射といいます。ビッグバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射については、マイクロ波に限らず様々な波長で宇宙背景放射が存在しています。

「天の川」という言葉は聞いたことがあるでしょう。雲のようにぼうっと淡く光って見える放射を背景放射といいます。天の川もまた背景放射と言えますが、その実体は肉眼では見えない暗い星の集まりです。

銀河円盤の中に住む我々が見ると、空に一筋の川のように見えるものです。同じように、既存の望遠鏡で見てなにも天体が写らない漆黒の空の領域も、我々がまだ検出できない無数の暗い遠方銀河が総体としてぼうっと光っているはずです。

これはつまり、宇宙というのは我々がイメージするような真っ暗なものではないことを意味しています。昼間の空は何色かと聞かれれば、誰もが青と答えるでしょう。一方で、夜空が暗いのは単に我々の目の感度が悪いだけのことであり、きちんと測定すれば一定の明るさで夜空もまた輝いていて、色を持っているはずなのです。

そもそも夜空が暗いということ自体、実は考えてみると不思議なことなのです。星や銀河が一定の密度で宇宙全体に無限に広がっているとします。その場合の宇宙背景放射を計算してみると、無限大に発散してしまうといいます。

夜空は暗いどころか、無限に明るいはずなのです。19世紀の天文学者の名前をとり、これをオルバースのパラドックスと呼んでいます。無論、これは無限に広がる宇宙を前提としており、宇宙が有限であれば話は変わってきます。

現在のビッグバン宇宙論では、空間方向には無限に広がっていても構わないが、宇宙は138億年前に生まれたという時間方向への有限性により、我々が光で見ることのできる宇宙の大きさも有限になります。これによりパラドックスは解決しています。

夜空が暗いというごくありふれた事実が、実はビッグバン宇宙論の傍証を与えているとも言えます。だが一方で、夜空の明るさ、つまり宇宙背景放射の強度は決してゼロではなく、なんらかの値を持っていることになります。

可視光波長域の宇宙背景放射は、銀河系の外にある銀河からの光の総量です。望遠鏡で見ると、このうち何割かは明るい銀河として検出され、残りの暗くて検出できない銀河の光が背景放射となります。当然ながら、その割合は観測の感度に依存します。

肉眼ではぼうっと広がったように見える天の川も、高性能の望遠鏡で見れば星々の集まりであることがわかるように、宇宙を深く見れば見るほど、宇宙背景放射は個々の銀河に分解されて見えることになります。

したがって、人類の最高感度の観測で、宇宙背景放射の何割が銀河に分解されているかは、人類が宇宙をどれほど見通したのかという指標となります。可視光域ではなんと言ってもハッブル宇宙望遠鏡による「ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド」です。

お隣の近赤外線では地上の大望遠鏡が強く、1999年にすばる望遠鏡で観測された「すばるディープ・フィールド」は現在でも、この波長で最も深く見た宇宙の姿の一つです。日本の科学者は、このハッブルやすばるの深宇宙画像を解析し、宇宙背景放射の何割が銀河に分解されて写っているかを詳しく調べています。

その結果は、実に90パーセント以上もの背景放射光はすでに銀河に分解されているというものでした。背景放射という観点で言えば、人類はすでに宇宙をほぼ見通したと言って差し支えないでしょう。

あまり知られていないのが残念ですが、人類の一つの偉大な到達点と言ってよいかもしれません。さて、「宇宙は何色?」だろうか。昼間の空が青いように、可視光域の宇宙背景放射がゼロでない強度を持つということは、その色があるはずです。

これが実は、クリーム色に近い感じになるといいます。そして想像してみてほしい。宇宙といえば漆黒の闇に星や銀河が浮かんでいるイメージなのですが、よく目をこらせばその漆黒の宇宙空間はクリーム色に輝いているのだといいます。

 





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プルトニウム問題の具体的解決策
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/21(土) 10:36
No. 8152
 
 
プルトニウム・天然ウランの全面使用禁止を目指しましょうと言っても簡単なことではなく、今後、大きな課題です。アメリカ国防総省諮問委員会は、これから最も警戒すべきは、「核を含む大量破壊兵器による国内におけるテロ集団による壊滅的な攻撃である」という報告を出しました。

ノーベルが問題提起して以来、科学技術は常に戦争を助長するような手段のみを提供し続けていたのではないでしょうか。科学技術が先導する積極的な方策を、今こそみんなで考え提供すべき時だと思います。プルトニウム問題の具体的な打開策として、一般に言われているのは、次のような手段があります。

(1)「核兵器用の核物質を排除消滅させる」この論議はソ連崩壊後に始まりましたが、難問続出です。まず、核弾頭を全部廃棄するという国がない。その焼却消滅法も定かでありません。一部の人は既存の原発を利用して焼却しようといいますが、ウラン燃料炉で燃やすのであれば、プルトニウムはなくならないのです。

(2)「現存の民需用プルトニウムの利用も停止し、消滅させる」次第に法的にその停止・消滅を決める国も出ていますが、それを世界に拡張するのは容易でない。日本の実情を見れば明白です。「高速増殖炉開発を止め、再処理を止めろというのか」と猛反発する人が出てくるからです。

少なくとも、増えつつあるアジアの原発からの使用済み燃料でさえ、すでに行き場がありません。未処理で貯蔵された使用済み核燃料は、500年以内にプルトニウム鉱山になり簡単にプルトニウムが取り出せるのです。

(3)「使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムは消滅させる」これも、さらに矛盾を増大させ、核拡散防止作業を膨大にするだけです。アメリカ・ドイツ・スウェーデンその他の国は法的に再処理を禁止しています。既存の再処理技術では高くついて、どこも実行しないでしょう。

少なくとも(2)と(3)の矛盾は自明です。化学再処理して処分する他はないのに行えない。だれが見ても、現在規模の核エネルギー産業では環境対策にも決定的に役立つ訳ではなく、既にこの産業の未来はないのに、ただ現状の矛盾を隠して、今を生きているのです。

核拡散防止条約(NTP)という五大核大国のエゴの下に立ちすくみ、インドやパキスタンなどに対し「正義」さえもかざせないまま、万事を先送りしています。専門家の間では、NTP保全のための核物質安全保障措置は、技術的・経済的に行き詰まりつつあるとの意見が強いのです。

日本の学者が提示したいとしているプルトニウム問題の具体的解決策があります。難しくてよく理解できないのですが、以下のとおりです。

(A)溶融塩炉FUJI-Puを完成させる。それを用いて軍用ないし民需用のプルトニウム(高純度のウラン235も)を燃やして発電しつつ、ウラン233を生産する。

(B)並行して既存炉からの使用済み固体核燃料を、乾式フッ素化法FREGATE方式工場を準備してすべて化学処理し、プルトニウムを含む溶融塩核燃料を準備する。

(C)それをFUJI-Puないし加速器溶融塩増殖炉などで完全に燃焼処理しつつ、ウラン233を増やして次第にトリウム溶融塩核燃料サイクルに移行し、FUJI-U233による発電を行う。これにより、自然に「プルトニウムの全面使用禁止」の状態を実現させる。

 





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根強かった微生物の自然発生説
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/19(木) 18:06
No. 8151
 
 
食べかけのパンをキッチンに放置しておけば、一週間も経たないうちにカビが生えるでしょう。このカビという生物は、一見すると何もないところから自然に発生したように思えますが、そうではないことを我々は知っています。

目に見えないほど小さな菌がパンの表面に最初から付着していたか、どこかから風で飛ばされて付着し、それが増殖して「目に見えるサイズになっただけ」です。虫の死骸にいつの間にかウジ虫がわいても、布団にいつの間にかノミが現れて体に痒みを引き起こしても、それが「何もないところから生まれた」とは誰も思わないでしょう。

すべて「どこかからやってきて増えたもの」だと我々は知っているからです。だが、科学の歴史において、この知識は非常に新しいのです。何もないところから生物が発生するという「自然発生説」は、18〜19世紀頃まで長きにわたって信じられていたからです。

特に、17世紀にレーウェンフックによって微生物の存在が確認されると、生物の自然発生を否定するのがさらに難しくなりました。目に見えない以上、それが出現する瞬間を観察できないからです。この自然発生説は、とにかく根強かったのです。

例えば、1760年代にイタリアの動物学者ラザロ・スパランツァーニは、自然発生説に疑いを持ち、ある実験を行いました。ガラス瓶に入れた肉汁を煮沸し、微生物をひとまずゼロの状態にしたのち密閉した場合と、空気にさらしていた場合を比較したのです。

その結果、空気にさらしていた肉汁は微生物が大量に現れて腐ったのに対し、密閉したほうは何も変化がなかったのです。生物は自然発生するのではなく、あくまで外部からガラス瓶に入りこんだことを示す実験結果でした。

ところが、自然発生説を信じる論者たちは猛反発しました。生命が生まれるには空気との接触が必要だ、と主張したのです。彼らは、密閉して空気を遮断したせいで、生命の自然発生が妨げられたと考えたのです。

自然発生説を否定するためには、「空気が供給されてもなお生物が自然に発生しないこと」を示す必要がありました。この難題を解決したのが、フランスの化学者ルイ・パストゥールです。

1859年、パストゥールは白鳥のように首の長い特殊なフラスコで実験を行いました。外界から空気は出入りできるものの、微生物は首の途中でトラップされ、内部には侵入できないフラスコです。

このフラスコに入れた肉汁を煮沸し、同様に微生物をゼロの状態にしたのち長時間放置したところ、密閉せずとも肉汁に変化はなかったのです。空気が通過できるにもかかわらず、微生物は自然発生しなかったのです。

実は、その5年前の1854年に、一つの布石がありました。フランスで重要な産業を担ったワインの醸造業は、ある現象に悩まされていました。どういうわけか、一部のワインが腐って味が悪くなり、大きな損失になっていたのです。

当時、「腐敗」や「発酵」という現象は、いずれも微生物の作用だと知られていなかったのです。ビールやワインが発酵によってできることは古くから知られていましたが、自然に起こる何らかの化学反応だと思われていたのです。

腐敗の原因を突き止めるため、醸造業者が助けを求めたのがパストゥールでした。彼は、糖をアルコールに変えるのは菌類の酵母だということ、そして、違う種類の微生物が混ざっていると別の酸が産生され、これが味を悪くすることを証明しました。

前者は「発酵」であり、後者は「腐敗」です。微生物が生きていくための生命活動を、人間が都合よく呼び分けていただけだったのです。風味を損なわず、かつ腐敗を防げる温度で飲料を加熱殺菌する手法は、彼の名前から今も「パスチャライゼーション」と呼ばれているのです。

 





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アメリカの本土防衛とは
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/19(木) 17:12
No. 8150
 
 
多くのアメリカ人は第二次世界大戦前の事を、産軍複合体が社会と経済に強い影響力をふるうことがなかったので比較的平和な時代だったと考えていたそうです。だが実際、アメリカ史における「戦時」は短くありません。

戦争の準備期間まで考えれば、アメリカ史の大部分になってしまうのです。20世紀の100年間だけを考えてみても、アメリカが実際に戦争をしていたのは19年間。これに冷戦を戦争の準備期間だとすると、戦争と戦争準備だけで50年間となってしまいます。

20世紀の半分を、戦争と戦争準備で過ごしているのです。アメリカが独立宣言したのが1776年から現在までの期間でも、この比率はあまり変りません。アメリカ合衆国の歴史全体において、およそ13%を大規模な戦争が占めています。

これにアメリカ先住民との戦闘と冷戦の期間を加えると、アメリカ軍が戦闘しているか、戦争の準備を行っている時間は、全体の56%にまで跳ね上がります。戦争と戦争準備は、アメリカにとっては珍しいことではないのです。

アメリカは本土防衛の経験が乏しいと思います。最後にアメリカ本土に対して大々的な攻撃が行われたのは1812年の米英戦争のことで、この時にはイギリス軍が首都ワシントンを占領して、ニューオリンズに攻撃を仕掛けています。

外国の軍隊がアメリカ本土に侵攻して来る可能性は、その後の100年ばかりは少なかったが、20世紀のアメリカ史には、本土を攻撃される事に対するアメリカ国民の恐怖が読み取れる事例が、見受けられます。

第一次世界大戦では、メキシコがドイツ側に加わってアメリカを背後から襲う可能性がある。第一次世界大戦後には、イギリス軍がアメリカ本土を攻撃した場合に備えてレッド計画を立案している。第二次世界大戦前から大戦中にかけて、アメリカ国民は、日本軍がアメリカ西海岸を攻撃して、占領するのではないかという現実離れした危機感を抱いていた。

また、ドイツ軍のスパイ組織がアメリカ国内にいてナチスのアメリカ侵攻を助けるという恐怖もあった。これらの脅威はどれ1つとして現実化しませんでしたが、これらの脅威に対処するために立案しようとしていたのです。アメリカが真剣に本土防衛に取り組むことになったのは、ソ連との冷戦時代です。

ソ連が原爆開発に成功した瞬間から冷戦が終結するまでの40数年、ソ連との核戦争が起これば、人類が滅亡する恐怖心は、米国人一人ひとりの心に重くのしかかっていました。冷戦時代には、アメリカ本土が攻撃される可能性があるだけでなく、核戦争の場合にはアメリカ本土こそが最前線となるのだと、アメリカ人ならば誰でもよく理解していたのです。

冷戦時代のアメリカ人の心理は、当時のアメリカ人が、世界の運命は米ソ首脳というごく少数の人間たちの手に握られており、お互いに疑心暗鬼に陥っただけでもとんでもない災厄が訪れるという考え方のもとに生きていたという事実です。

何世代にもわたって、アメリカ人は核戦争の危険性と本土に対する脅威とを、感じながら生きてきたのです。当時のアメリカ人は、一発でも大陸間弾道弾が発射されれば、それを止める術はないということを、誰もが理解していました。少なくともレーガン大統領が戦略ミサイル防衛構想を主張するまでは、核ミサイルは防御不可能だとされていたのです。

可能なのは「抑止力」で、ソ連も結果が人類滅亡であるとわかって入れば、先制攻撃を仕掛けることはない、どちらも確実に破滅するという相互確証破壊がアメリカの安全保障の理論的基礎となり、それによってアメリカ人の生命と財産が守られてきたのです。

 





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自転車の青切符導入について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/19(木) 17:06
No. 8149
 
 
ヤフーニュースによると2026年4月1日から導入される、自転車の「青切符」は、これまでの自転車の交通取り締まりのあり方を大きく変える制度となっています。現在、自転車の交通違反に対しては、警告にとどまるか、刑事罰の対象となる「赤切符」のいずれかしかありませんでした。

しかし、赤切符は警察・検察双方にとって手続きが非常に重く、実際に起訴されるケースが少ないため、取り締まりの実効性が低いという課題がありました。一方で、自転車運転者の法令違反が原因で、歩行者や自転車運転者が死亡・重症となるケースがあります。

様々な事案が発生しており、交通ルールが順守されていれば、悲惨な事故の防止に繋がった可能性があると指摘されていました。 今回の法改正により、16歳以上の自転車運転者を対象に、比較的軽微な違反であっても反則金の支払いを求める制度が適用されます。

対象となる違反は、信号無視、一時不停止、歩道での徐行違反、通行禁止場所の走行など、113種類にのぼる見込みです。反則金の額は違反内容によって異なりますが、概ね3000円から1万2000円程度に設定される予定です。

一方で、酒酔い・酒気帯び運転や、相手に危険を及ぼすような極めて悪質な走行については、これまで通り「赤切符」が交付され、刑事罰の対象となります。警察庁はこの新制度の導入により、自転車利用者の規範意識を高め、自転車関連事故の抑止を目指しています。

青切符の導入は、自転車利用者の安全意識を高め、より慎重な運転を促すと思われます。信号無視や一時不停止、ながら運転といった違反が反則金の対象となるため、自転車利用者は交通ルールをより意識するようになるでしょう。

危険な運転行為が減ることで、自転車単独事故や自動車との衝突事故の減少につながる可能性があります。自転車の危険行為が抑制され、歩道での歩行者との接触事故も減少するかもしれません。ひとつでも事故が減り安全安心な日本国になることを希求します。

 





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星の死である超新星爆発
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/18(水) 19:08
No. 8148
 
 
地球が生まれていない遠い昔のことです。冷たくて希薄なガスが浮かんでいました。中身は水素とヘリウムだけです。ガスの濃い部分が自己重力で収縮し、回転とともに平たくなっていました。中心部分ではガスが収縮するにつれて内部の原子同士が近づき、動きが活発になり、温度が上昇していきました。

やがて十分に高温となり、天然の核融合炉になったのです。漆黒の闇の中で、原子は物理法則に従って出会い、くっついたのです。やがて光が暗闇を照らしました。恒星の誕生です。水素原子が核融合して、ヘリウム原子が形成されていきました。

それから数十億年が過ぎ、星はすっかり年を取りました。もっていた水素燃料をみんなヘリウムに変えてしまったのです。近づく死を前に、星は幼少期のように再び内部で核融合反応を行います。

今度は、たくさんあるヘリウム原子3個が一つになって我らが炭素原子へと変身し、宇宙空間へ旅立ちました。天の川銀河の別の場所でも、恒星の誕生と死が続いていました。物語のもう1人の主人公も、死にゆく星の中心部で形成されました。

星の死である超新星爆発の中で、合計238個の陽子と中性子が融合してウラン原子になりました。それぞれ別々の場所でできた炭素原子とウラン原子、2個の原子は天の川銀河をどこまでもさまよいました。炭素原子は長い旅をして、小さな惑星の一部となりました。

そして数億年後、複雑な構造をした分子の一員となります。この分子は自己複製という珍しい特徴をもっていました。これこそが生命誕生の立役者であるデオキシリボ核酸、DNAです。生命の始まりには、炭素原子が微力ながら貢献したことになるといいます。

深い海の底に出現した単細胞の生命体にも、古代魚の虹色のうろこにも、海から陸に上がった両生類のかぎ爪にも炭素は必ず入っていました。どんな形を取るにせよ、炭素原子には自己意識も自由意志もなかったのです。

自然の法則に従って作動する宇宙装置の、ごく小さな歯車の一つでしかなかったのです。 では超新星爆発でできたウラン原子はどうだろうか。生まれたばかりの地球が燃えさかっていた時、そこにウラン原子が引き寄せられました。

超新星爆発の衝撃波に運ばれたか、太陽の重力に引っ張られたか。ともかくウラン原子は地球に飛び込んで、奥へ奥へと潜っていきました。地球は表面が冷えた後も、内部は融けた岩石や金属のマグマでどろどろしていました。

マグマはゆっくりと回転し、ウラン原子もその流れに乗るうちに地表へと押し上げられていきます。地球の深部は温度も圧力もすさまじいのですが、ウラン原子はびくともしなかったのです。原子はとても小さくて固く、古くて丈夫なのです。

最初の頃は地表の岩石にウラン原子がたくさん存在していたが、長い時間とともに岩石は深く沈み込み、高いマツ林にすっかり覆われました。万物は原子でできています。もちろん我々も。でも1世紀終盤になるまで、原子内部が熱狂のるつぼだとは誰も知らなかったのです。天の川銀河の両端に別れた2個の原子が、ついに出会うときが来たのです。

 





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独自の意見を模索する
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/18(水) 19:05
No. 8147
 
 
北朝鮮が様々なミサイルを発射してから、日本の報道は常に北朝鮮への制裁問題です。国連安保理15カ国のうち日本の制裁案に反対するのは、中国とロシアだけです。結局、中国・ロシア・北朝鮮という昔の共産主義が庇っているのです。

アメリカの高官は中国・韓国・日本を訪問して、協議に向けて中国政府との話し合いを模索します。その協議の場ならば、アメリカは北朝鮮と個別で会合してもよいといいます。これは、北朝鮮を協議に参加させるための米国の提案です。

北朝鮮は、前々から米国との直接交渉を求めていました。米国は、直接交渉には応じないと言いながらも、米朝が直接対話しても言いというのです。以前米国はマカオの銀行が北朝鮮政府のマネーロンダリングに協力していると非難して、北朝鮮の政府系企業の銀行口座を凍結しました。

北朝鮮政府は、マカオの口座の資金は違法なお金ではないと反論して、正当性を認めない限り協議には参加しないと宣言しましたが、米国は口座の凍結を解除するつもりはないといいました。日本政府は、安保理で北朝鮮に経済制裁を行う決議でないと意味がないと主張しています。

だが、日本政府の制裁案は、土壇場で安保理評決が延期され、中国による北朝鮮への説得の結果を待つことになりました。日本が強硬姿勢を崩せないのは、米国が日本の強硬姿勢を強く支持しているからです。

米国が赦してやれと言えば、日本政府は直ぐに態度を軟化させるでしょう。戦後のマインドコントロールされている日本は、米国が反対する外交政策は出来ません。日本にとって米国は唯一絶対の大親分なのです。これからの高市政権も同じ道を辿ることでしょう。

中国は、日本や米国が北朝鮮に経済制裁するのは構わないけど、中国が北朝鮮に経済制裁を強制させられるのは嫌だと考えています。北朝鮮の経済を支えているのは、中国なので国連制裁を発動すれば経済活動の息の根が止められてしまい、北朝鮮は追い詰められて、朝鮮半島での戦争の可能性が高まり難民が中国や韓国に入り込む事が考えられます。

日本政府が提案した北朝鮮への制裁案には、イギリスやフランスといった欧州も賛成していましたが、それは、国連の機能を維持する為に、日本に賛成していたのです。国連は米国中心の世界体制に意見できる唯一の機関なので国連の力を何としても維持したいと考えていました。

一方、アジア周辺諸国はというと中国側を支持して日本に対する批判的な姿勢を強めていました。そうなれば日本を外してアジアの問題はアジアで解決していく体制を作るかも知れません。

日本国が、孤立しない為にはアメリカの言いなりなるだけではなく、他国の意見も取り入れ独自の戦略を練った方が良いのではないかと思うのです。日本が独自の戦略を模索し提案して米国には十分理解してもらうことが大切だと思うのです。

 





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顕微鏡が明らかにした世界
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/17(火) 16:32
No. 8146
 
 
十六世紀後半に顕微鏡が発明されるまで、人の目に見えないものは「存在しないもの」でした。細菌やウイルス、寄生虫といった微生物、血液に含まれる白血球や赤血球、毛細血管のような細かな血管を肉眼で見ることはできません。

ゆえに、その存在は全く知られていなかったのです。イギリスの科学者ロバート・フックは、自作の顕微鏡を用いて昆虫や植物などを仔細に描写し、1665年に『ミクログラフィア』を著した。

その中でフックは、コルクを顕微鏡で観察すると小さな孔が無数に見えることを報告しました。それはまるで、修道僧が住む質素な独居房のようだった。フックはこの孔に、「小さな部屋」という意味で「セル(細胞)」と名づけました。

これは、生物学における極めて重大な発見でした。のちに、それは単なる「部屋」ではなく、生物を構成する最小の「単位」だと判明するからです。その後、生物学に大きな進歩をもたらしたのは意外な人物でした。

アントニ・ファン・レーウェンフックというオランダの織物商人です。レーウェンフックは、布地の縫い目や織布の糸を確認するため、拡大鏡をよく使っていました。彼はレンズに強い関心を持ち、500個以上のレンズを自作しました。

中には270倍にまで拡大できるものもありました。そのレンズで水滴を観察した時、彼は驚くべき世界を目の当たりにするのです。そこには、目に見えない「微小動物」が無数に存在していたのです。レーウェンフックは、さらに人体をも観察しました。

肉眼では見ることができなかった血球や精子を観察し、口の中にも微小動物(のちに細菌と呼ばれる) を初めて見つけたのです。ところが、こうした微生物が、単に「小さい」だけでなく、当時もっとも多くの人命を奪っていた「感染症の原因」であるということは、十九世紀後半まで知られなかったのです。

病気が流行することは知られていましたが、それが微生物によるものだとは誰も気づかなかったのです。十八世紀以前は、多くの科学者が流行病の原因を「瘴気」と考えていました。瘴気とは「有毒な空気」のことです。

腐ったものから発生した有毒な気体が、さまざまな病気の流行を引き起こすと考えられていたのです。マラリアの語源がイタリア語の「悪い空気(マルアリア:mal aria)」であることも、瘴気説の名残です。

また、過去何世紀にもわたってヨーロッパやアジアで大流行したペストは、致死率80パーセントにもおよぶ恐ろしい病気でした。医師たちは自らの感染を恐れながら、奇妙なくちばしのついたマスクをかぶって患者を診療しました。

くちばしの部分には大量の香料が詰められていました。これによって、瘴気から身を守れると考えたからです。もちろん現在は、ペスト菌という細菌が原因であることがわかっています。

微生物が病気の原因になるとわかったのは19世紀後半であり、抗生物質の開発は20世紀以降のことです。それ以前は、病気の根本的な原因はわかっておらず、その特効薬もなかったのです。

現代に生きる我々にとって、細菌やウイルスは病気を引き起こす恐るべき存在です。しかし、18世紀以前の人たちからすれば、目に見えない生物が体内に入り込んで増殖し、それが多くの病気を引き起こすなど、あまりに荒唐無稽に思われたに違いないでしょう。

そのような時代に、瘴気説に異を唱えた医師がいました。イギリスのジョン・スノウです。1849年、ロンドンでコレラが大流行した際、スノウはその原因を詳しく調べたいと考えました。コレラは、激しい下痢や嘔吐を起こす病気です。

今の言葉でいえば急性胃腸炎です。スノウは、もし空気に原因があるなら肺に症状が出るはずだと考えました。コレラの症状は胃や腸に現れます。この事からスノウは、病気の原因となる何かが口から入り、これが胃や腸に異常を引き起こすのではないかと考えました。

コレラが糞便や吐物を介して広がる細菌感染症だとわかるのは、約40年近く後です。スノウは当時から病因をほぼ正しく言い当てていたのです。しかし、瘴気説が有力だった当時、スノウの報告は医学界から黙殺されました。

1854年、コレラが再度流行した際、スノウは町の地図に感染者がいた場所を細かく書き入れました。この作業で彼は、感染者がブロードストリート周辺に不自然に密集していることに気づきます。その中心には、住民が使うポンプがあったのです。

このポンプの水が病気の原因であるのは明白でした。スノウがポンプの取手を取り外し、水を使えないようにしたところ感染者は激減し、コレラの流行は3日で終息しました。のちの調査で、排泄物がブロードストリートの井戸に漏れ出しており、これが水を汚染していたことがわかったのです。

だが、コレラの原因が水にあるというスノウの報告は無視され続け、相変わらずコレラは定期的に流行しました。下水設備はなかなか改められず、スノウの提言は公衆衛生に反映されなかったのです。やはり瘴気説を捨てられなかったのです。

 





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マリ・キュリーの見た地上の星
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/16(月) 18:22
No. 8145
 
 
舞台はパリ。1898年のある朝、キャンバス地の袋を積んだ馬車がロモン通りを走っていました。袋の中身は、はるばる東欧のボヘミアから取り寄せたくず鉱石です(その中にはウラン原子も含まれていたはず)。

馬車が停まったのは粗末な小屋で、以前は近くにある医学校の死体置場でした。小屋で待っていたのが31歳のマリ・キュリー、それまでの物質観を塗り替えた科学者です。(我らの炭素原子は目の網膜に存在していた) 薄汚れた大きな袋を見てマリは小躍りします。

エックス線発見からまだ数年しかたっておらず、マリと研究仲間で夫でもあるピエールは、皮膚や壁さえも透過する驚きの性質が生まれる仕組みを突き止めたかったのです。夫妻のお目当ては岩石に含まれるピッチブレンド鉱石でした。

現在は閃ウラン鉱と呼ばれ、エックス線に似た放射を生み出す物質です。ひもを切って袋の口を開けると、鈍い茶色の鉱石が出てきました。松葉も混ざっていて、さわやかな香りが漂う。これからピッチブレンドから物質を分離しなければならない。

それは想像を絶する重労働で、のちにマリは「その作業が生活のすべてとなり、まるで夢の中みたいだった」と書いています。劣悪な環境のなかで夫妻はウラン含有量が50〜80パーセントのピッチブレンドを精製しました。

抽出された物質はガラス容器に入れて壁際に置かれました。これだけでも十分に立派ですが、マリとピエールはもっと希少な獲物を狙っていました。2人はさらに3年かけて何トンもの鉱石を精製し、1グラムのわずか10分の1という微量の物質の分離に成功します。

それが、マリがラジウムと名づけた物質でした。ほとんどの物質は高温にさらされると性質が激変しますが、貴重なラジウムは極端な温度にも全く影響を受けないことがわかりました。不思議な性質はほかにもありました。自発的にエネルギーを出すのです。

化学反応ではない未知の仕組みが働いているようです。マリはそれを放射能と呼んだ。計算すると、ラジウムが発するエネルギーは同じ量の石炭を燃やした時よりはるかに大きい。放射能は化学的なエネルギーの10万倍にもなりそうだ。

マリとピエールはこの時点では理解しきれていなかったが、これは分子がもつエネルギーと、もっと深いところに蓄えられたエネルギーの違いでした。実験小屋の棚には、ピッチブレンドの精製に使用したビーカーや瓶がずらりと並ぶ。

ある夜、夕食後に小屋に行ってみた夫妻は驚いた。ガラス容器がぼうっと光を発しているのです。マリはガス灯をつけようとする夫を制した。瓶やフラスコや試験管がどれも青っぽく光っているのです。

「粗末で貧相な小屋で光を放つ試験管、それは地上の星だった」とマリは後年記しています。放射能を有する原子の内部で何かが起きています。青い光はそのせいに違いない。マリの出した結論は正解でした。

何千年ものあいだ、原子は不可分なものとされてきました。そもそも原子を意味するatomという単語が、ギリシャ語で「切り分けられないもの」という意味です。だから原子は物質の最小単位となります。

夫妻が見た「地上の星」は、原子それ自体が一つの世界であり、誰も知らなかった舞台で、誰も見たことのない活動が行なわれている証拠でした。しかも化学反応の影響を受けないときている。謎を解くには、新しい戦略、新しい自然法則、新しい技術が必要です。

マリ・キュリーが使ったノートや料理本は、1世紀以上を経た今でも放射能をもっています。1906年、ピエールが馬車にひかれて即死します。マリはその後2年間精力的に研究を続け、66歳、再生不良性貧血で死去しました。

放射線を日々浴び続けたせいではないかといわれています。マリは、自分が世に送り出したラジウムが医療や産業に貢献すると信じていたから、その危険性は頑として認めなかった。しかし先見の明を持つ作家H・G・ウェルズが、ほどなくその不吉な側面に気づいてしまいます。彼は科学の最新成果を取り入れて、胸踊る物語に仕立てる天才でした。

タイムマシンを登場させ、宇宙人の襲来を描いたウェルズは、原子が兵器になる未来世界を想像しました。1914年に出版された『解放された世界』のなかで、彼は「原子爆弾」という言葉をつくり、無力な一般読者に向けて発射しました。

設定は1950年代で、当時からすると想像もつかない遠い未来です。ライト兄弟が初めて飛行機で空を飛んでから10年しかたっていないのに、ウェルズは原子力でイギリス海峡を渡る飛行機を想像したのです。

ゴーグルとヘルメットを着用したパイロットは、目の前に現われたベルリン市街をまっすぐ見すえています。表情を引き締めた彼は前かがみになって重たい爆弾を持ち上げ、針を歯でひっこ抜き、腕を伸ばして下に落としました。

爆弾は目標に命中してさく裂し、すさまじい爆風で飛行機は左右に激しく揺れます。ベルリン中心部は、火山が噴火したように火の海となりました。科学が小説に追いついたのは、それからわずか20年後のことだったのです。

 






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