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No.638 への▼返信フォームです。


 ◆ ホキ1900ね〜。    ++ にわとり [URL]  

 
 
2代目の方。
本線を走らせる都合上、本社から形式もらっているけど、アレ、鉄道工場の小集団活動のようなもんだから、とても描く気にはなれないんだよね。好きな人には申し訳ないけど。
大体、メーカーが商売のために金と時間を費やして、ライバルとしのぎを削って開発したエアースライド・圧送車を、素人が思い付きでどうにかできるわけもない。本当に石炭車を転用したいんだったら、メーカーに設計を丸投げするのが利口だ。

まあ、「余剰人員!」「技術継承!(設計や製罐の)」の2つの問題を、5年位は先延ばしできただろうから、無駄ではなかったよ。完成しなくても別に良かったんだ。

..2025/05/17(土) 22:37 No.638
 
 ◆ 鉄道ピクトリアルNo947に、    ++ にわとり [URL]  

 
 
スカートが装備される前の姿が載っているけど、円筒って・・・。
ホッパー傾斜がほとんど見えない。
これではエアースライド装備してても荷卸しが困難だろうし、
まさかの圧送式単独だったら、お話にならない。
街で見かける圧送式のセメントトラックのホッパーは、すごく急斜面だぞ。

..2025/05/25(日) 00:05 No.639
 
 ◆ Re:ホキ1900ね〜。    ++ 関山  

 
 
ご無沙汰しております。相変わらずの貨車や貨物の濃ゆい話を楽しませていただいております。

謎の車 ホキ1900。存在意義は
「鉄道工場の小集団活動」ですか。

苗穂工場で旧型客車改造の展望サロンカー作ってたり、2軸の簡易気動車作ろうとしてた活動のようなもの……だったんですね?
(それにたまたま形式が付いてしまった?)

..2025/06/09(月) 21:22 No.641
 
 ◆ 関山さんこんにちは。    ++ にわとり [URL]  

 
 
私はホキ1900の当事者でも何でもないので、周辺情報からの推測にすぎませんが、国鉄時代って現場の主体性がすごく強いのです。
初期のお座敷客車等も本社が考えたものではなく、地方が独自に作って形式をもらったものですし、末期の欧風客車も各所の協力を得ていますが地方主導です。
ホキ1900については、末期の貨車改造ハウスや、レール文鎮と同じような案件です。
タキではなくホキというのも、石炭車の軽微な改造でいけると現場が甘く判断していて、本社から形式をもらった結果でしょう。
こういう活動は発表の有無にかかわらず、話を盛った詳細な活動報告がどこかに残されているかもしれません。

鉄道工場の所属は時代々々で変わりますが、それこそずっと地方の組織で、蒸機時代などはドリルやタップなどの工具や、戦前など工作機械まで自製していたので、独自の開発能力を持っていました。
鉄道工場も時代と共に技術は失われて、現代ではただの購入部品の組み立て工場になっちゃいましたけど。

..2025/06/10(火) 17:32 No.642


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