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コタンBBS

違星北斗研究会
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 メモ 違星北斗歌碑について  [返信] [引用]
違星北斗の墓にはモデルとなる建築物があったようですね。

https://sapporowalk.sakura.ne.jp/tanoue/1956/iboshi/

 
管理人  ++.. 2021/06/26(土) 16:31 [683]





 エカシとイカシ  [返信] [引用]
アイヌ語で老翁のことを「エカシ」というが、北斗は主に「イカシ」を使う。

これは「余市方言」であると思っていたが、本当にそうなのか?という疑問があって、いろいろ調べてみた。

北斗がイカシを使っているのは

小樽新聞「フゴッペ」「わが家名」では
「オソツ(ヲ)クイカシ」「ヌプルランイカシ」を使用
→死後の「コタン」では「エカシ」に直されている。

「烏と翁(パシクルとイカシ)」
は初出「子供の道話」では「イカシ」
コタン掲載の小樽新聞版も「イカシ」

「郷土の伝説 死んでからの魂の生活」
これは初出「子供の道話」では「イカシ」。
コタン掲載時は「エカシ」になっている。


東京時代のノートには「エカシ」とあるのですが、これは東京時代のものですので、東京の学者の本を読んだりして、影響が あったのかもしれないと思っています。

それから、これは北斗の筆になるものではないですが、北斗の死後、昭和5年 の北海タイムスの記事で、兄の梅太郎への取材ですが、
 オタルナイのザンザラケップから海の神の怒りを買って村を滅ぼされ、小舟に 乗って漂流したという違星家の祖先を「コタンパイガシ」と書いています。


 このように、北斗は主に「イカシ」を使用し、
 新聞雑誌ではそのまま「イカシ」なのが、
 「コタン」掲載時に「エカシ」に直されるという流れがあるように思います。

 
「小樽教育地図研究会」が2010年に出した
『小樽・余市アイヌ語の研究―後志・日本海側地方への試み』
(編者・岩井真澄、大関洋平、並木翔太郎)という研究書(小冊子)

 で、小樽・余市の江戸時代の通詞の語彙集を集めた資料がありまして、

 A「蝦夷言葉集」
 B「イロハ番付阿異野事葉」
 C「蝦夷西場所アイヌ語事典」

 の3つの通詞の語彙集の語彙を集めていまして、その中に、当時のアイヌの通 詞が使った語彙として、

 A では「祖父 イカシ」
 B では「祖父 イカシ」
 C では「祖父 イカミ」(写し間違い)

 となっているのを確認しました。
 
 いずれも、北斗の時代に関係なく、江戸時代の通詞が「イカシ」と聞き取り、 話していたと判断できるので、これをもって、
「イカシ」は余市(後志)方言としても問題ないのではないかと思いました。

(ただし、3つの資料は共通の文書から派生したものではないかということらし いので、そのへんはエビデンスとしては弱いのかもしれませんが)。

「イカシ」が江戸時代より余市アイヌによって話されていたの が、和人の通詞にはそう聞こえた、ということだと思いますが、
 それは、エ/イ音どちらとも取れる発音だったのかもしれないですが、教育を 受けた北斗や梅太郎なんかが「イ」を選んで書いているのですが、
 とはいえ、北斗や余市アイヌは

 イボシ=エボシ
 タキジロウ=タケジロウ
 イサン=エサン

 と、「い」「え」の混同がみられるのは地元の郷土史家の方にも確認したことがあります。


 
管理人  ++.. 2021/06/19(土) 05:39 [682]





 HP修正  [返信] [引用]

トップページと、コタン文庫を修正しました。

修正内容は「違星北斗歌集」についての記述を追加。
それと「コタンノート」へのリンクも加えてあります。

Goliveが使えなくなり幾星霜。HTML手打ちでなんとかしのいでいますが、
Table(表)を使ったページの更新はなかなか面倒です。
 年譜にいたっては、Tableを駆使しすぎていて、HTMLではもはや更新不可能…。
 エクセル版のPDFをアップして、そこにリンクするようにしようか…

 
管理人  ++.. 2021/06/15(火) 00:56 [681]





 『違星北斗歌集』刊行のお知らせ  [返信] [引用]
 長らく違星北斗の遺稿集『コタン』が絶版でしたが、それに代わる遺稿集が発行されることになりました。

………………

『違星北斗歌集 アイヌと云ふ新しくよい概念を』著者 違星 北斗
(角川ソフィア文庫)

発売日:2021年06月15日 商品形態:電子書籍

「アイヌの啄木」と呼ばれた歌人の心の叫び。

「アイヌと云ふ新しくよい概念を内地の人に与へたく思ふ」
「滅亡に瀕するアイヌ民族にせめては生きよ俺の此の歌」
「滅び行くアイヌの為に起つアイヌ違星北斗の瞳輝く」

先住民族アイヌが公然と「亡びゆく民族」の烙印を押され、本来は「誇り高き人間」「立派な人」という意味を持つ「アイヌ」という言葉が侮蔑の響きをもって使われていた大正時代から昭和のはじめ。アイヌ民族復興のために立ち上がりその生涯を捧げ、病のため27歳で早世した歌人がいた。文庫ではじめて違星北斗の短歌、俳句、詩、童話、散文、ノートの記録を集める決定版。

【目次】
違星青年 金田一京助

短歌
医文学/小樽新聞/新短歌時代/北海道人/志づく/私の短歌/はまなすの花/ウタリ之友

日記
大正十五年七月十一日から絶筆

俳句
句誌にひはり/医文学/俳句/北海道 樺太新季題句集/月刊郷土誌よいち


冷たき北斗/大空

童話・昔話
熊の話/半分白く半分黒いおばけ/世界の創造とねずみ/死んでからの魂の生活/烏と翁/熊と熊取の話

散文・ノート
ウタリ・クスの先覚者中里徳太郎氏を偲びて/ぶちのめされた民族が/アイヌの一青年から/春の若草/我が家名/淋しい元気/淋しい元気/コクワ取り/アイヌの誇り/疑うべきフゴッペの遺跡 奇怪な謎

手紙
自働道話/子供の道話

コタン創刊号
目次/巻頭言 白路 凸天生/アイヌ神謡集序文コタン 知里幸恵/偽らぬ心 凸天/生活 自覚への一路 浦川太郎吉/「アイヌの姿」 北斗星/心の日記(後藤静香)/断想録(其ノ五) 十一州浪人/コタン吟(其ノ二) 十一州浪人/はまなし凉し/編輯余録/奥付

解題・語注
違星北斗年譜
解説 違星北斗その思想の変化  山科清春

https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000263/
………………

タイトルは「歌集」ですが、遺稿集『コタン』の内容を網羅し、さらに新発見の道話・手紙・ノートなどの文章を収録。

350ページですが、うち90ページは「解題」「年表」「解説」を私が描き下ろしています。

違星北斗の生涯と思想の変化を解説しているので、コタンよりも分かりやすくなったと思います。

 
管理人  ++.. 2021/06/04(金) 01:02 [680]





 ラストアイヌの中の北斗  [返信] [引用]
「ラストアイヌ」という森竹竹市の評伝の中に当然、違星北斗のことも出てくる。
その中で当サイトの情報を使用しているのだけれど、ちょっと北斗に関しては、読み込みが足りないというか、理解が足りない気がする。
…やはり、原典にあたろうよ、とは思うわけです。

そうしないと、周辺の経緯や背後の状況などがわからない。このサイトに載せているのは北斗に関する(表に出せる)記述だけであって、それを出すためには、その数倍もの資料を読み込んでたりするわけで…。
その背後には文脈というものがあるし、それはやはり図書館なり古本なりで原典や周辺の情報を把握してから書こうよ、と思うわけです。

その一行を書くために、数年、十数年かかってたりすることもあるし、休日と飛行機代やら新幹線代を使って北海道やら岡山やら、全国の図書館に行って調べたりしているのだから。

もちろん、この本があかんということではありません。
いい本だと思います。

 
管理人  ++.. 2021/03/30(火) 03:40 [679]





 アイヌ新聞4号  [返信] [引用]
アイヌ新聞4号 高橋真(1946年4月21日)

アイヌ偉人烈伝(その三)

熱血の違星瀧次郎氏
余市アイヌが久遠に誇り得る偉人「違星滝次郎氏」の名は全道アイヌの心に深く刻まれねばならぬ。「アイヌは見世物にされる、そして悪い和人のために欺され亡びてゐる。一体これでよいのか?」熱血児滝次郎の心は何時もこの心で一ぱいであった。或時は日高、胆振のあちこちに、或る時釧路のコタンに、また或る時は十勝のウタリーに「アイヌよめざめろ!!」と力の限り叫んだ。けれども同族からさめ様ともしなかった。そして「フヽン余市アイヌが何を云ふ」といふ冷い嘲笑のみが多かった。多感な滝次郎は上京してアイヌを正しく都会人に認識させるために、熱弁を揮った事もあった。アイヌ研究家、ユーカラの権威金田一京助博士にも種々と論難したのも滝次郎で此の同族愛の燃ゆる情熱は多くの人々から愛された。そして高給で市場協会の職員に採用された。然し平凡な和人生活になり切るよりもコタンに帰って、ウタリーの為に世の荒浪と斗う事とし●然帰郷、手づから「コタン」と云ふ雑誌を刷って同族の啓発に努めたりした。だが生活は何時も苦しかった。一枚のハガキを買ふことも出来ぬ時もあった。加ふるに労働のため体は弱く遂に病床に伏さねばならなかった。「くそ、しぬものか…」だが、昭和5年2月享年30歳で「世の中は何が何だかわからねど死ぬ事だけは確かなり」と詠じて此の世を去った。熱血児、歌人違星氏は「北斗」と称した。

 
管理人  ++.. 2020/09/11(金) 15:40 [678]





 更新  [返信] [引用]
久しぶりに更新しました。

久しぶりに「違星北斗.COM」をメンテナンス。

大昔adobeのGoliveというソフトで作ったのですが、すでにその環境も失われて久しく、HTMLを思い出しながら。

変更個所は 

・トップページ(最新情報)に  

http://iboshihokuto.o.oo7.jp


「違星北斗ノートについて」

http://iboshihokuto.o.oo7.jp/hokutonotenitsuite.pdf

「北大資料」のページ

http://iboshihokuto.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-0f98.html

へのリンクを追加。
 

・違星北斗写真館(北斗少年の写真) 

 北斗の少年時代の写真を追加

・違星北斗書画集

  図表編集が面倒なので、ブログの方に追補ページを追加しました。

・その他、ブラウザの仕様変更で、縦書きが崩れてしまうようになっていたので、すべて横書きに戻しました。

 違星北斗.comは、2001年ごろから作り初めていましたから、もうすぐ20年ですね。
 もはや、トップページももはや骨董品です。

 
管理人  ++.. 2020/09/08(火) 15:48 [677]





 ヨイチの指導者  [返信] [引用]
文政年間あたり〜

上ヨイチ 

惣乙名 イコンノミ 
脇乙名 カシタ井
→ イタキサン

下ヨイチ 

惣乙名 サケシュス
脇乙名 イナオリ
→ 子トハケ

天保年間あたり〜

上ヨイチ 
惣乙名 ヲシトンコツ
脇乙名 イタキサン

下ヨイチ 
惣乙名 サケシュス
脇乙名 イコンリキ
→ 子トハケ

 
管理人  ++.. 2019/05/29(水) 00:36 [676]





 ヌサマカ翁  [返信] [引用]
フゴッペに「ヌサマカ翁」という古老の名があるが、「水郷余市の奇勝 神巌蝋燭岩」(山岸礼三)に

「忍路に、先祖から居つたと云ふアイヌの一族、その古老格の人物に無江圓助(アイヌ名「ヌサマカ」八十有余歳で昭和七年に故人となった)なる者がゐた」

とある。出漁の時は、蝋燭岩を方角を見たり、天候を予見する時の目安にした、といった話。

 
管理人  ++.. 2019/05/04(土) 00:31 [675]





 ヨイチ場所 ヲムシャ申渡書  [返信] [引用]
安政ニ乙卯年六月書上写
 ヨイチ御場所諸用書上
 ヲムシャ申渡書

一、公儀を重じ御制札の表并前に被仰渡候通御法度の趣堅相守申事。
一、御用状継送状并御役人様方御通行の節諸合之無遅滞相勤候趣神妙之候猶此上申合相勤可申事。
一、異国船又は怪敷船并難破船等見更候はば早速運上屋に相届申事。
一、火之元大切に入念取扱可申事。
一、御軽物は勿論、諸産物壱品成共船方共、交易致者有之おゐては厳重有り可申付事。
一、上下ヨイチに至迄常漁業致出情食料類貯置差支無之様可心懸事。
 附 煎海鼠鮑の儀、近来格別の上命に付候ば厳重に申聞候通出増ニ相成候様相心持右番人稼方は勿論船手追鰊取之者に至迄聊成共交易ケ敷儀不致様、乙名小使共より可申付事。
一、親子兄弟夫婦を始諸親類睦敷可致儀、勿論故而蝦夷人共仲能いたし且男女年頃ニ及候はば乙名小使共世話致縁組取結候て相届可申事。
 但 病気蝦夷人并老若のもの為養生喰物等之儀ハ日々運上屋迄申出厚取扱致候様一同へ申聞置尚病気のもの薬用等精々可申付候
一、蝦夷人他場所へ参候儀聞て不相成候若無拠筋にて罷越候節ハ早速運上屋へ願出支配人通詞之差図請可申事。
一、数多蝦夷人の内壱人若悪工等改者有之大勢寄集騒敷事有之候はば数百人之難儀に相成候間左様之儀無之様相心得申事。
一、喧嘩口論不申及言葉を工聊にてもつぐの急がましく儀堅無用若於相省は厳重に可致事。
一、乙名小使産取に到迄御盃并御産被下置候儀は重き事に候常申附を不省様ウタレ共之内悪意を好混雑間敷儀有之節は厳重に取扱猶運上屋えも注進等可致事。
一、運上屋支配人通詞番人に至迄親敷可致候其上分之儀取扱候はば早速可申候事。
右之候ヲムシャ定例之如上下ヨイチ御場所役蝦夷人産取に至迄申渡候間不洩様ウタレ共可申聞候もの成。
 右之通奉書上候                以上 
 卯六月         ヨイチ請負人
                  竹屋 長左衛門
町御役所

 
管理人  ++.. 2019/05/03(金) 02:00 [673]

 
オムシャとは和人とアイヌの交易の時に行われる儀礼であった。

もともとは「対等」の交易であったはずであるが、和人の場所請負人がアイヌを支配下におくようになり、

やがて上記のような「申渡書」によって、アイヌをがんじがらめに縛るようになった。



管理人  ++.. 2019/05/03(金) 02:56 [674] [引用]



 


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