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  血糖値を上昇させる食べ物  仲條拓躬2026/02/24(火) 17:04 
  生活習慣病が急増した理由  仲條拓躬2026/02/24(火) 17:02 
  ペニシリンの誕生の経緯  仲條拓躬2026/02/24(火) 17:01 
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  小話2026年2月分上-2  仲條拓躬2026/02/24(火) 16:48 






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血糖値を上昇させる食べ物
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 17:04
No. 8164
 
 
糖質過多の食事は、インスリンの分泌量を増やし、膵臓の細胞を疲弊させるだけではなく、血糖値が高い状態が続くために、グルカゴンやソマトスタチン、成長ホルモン、プロゲステロンといった血糖値を上げるほうのホルモンの分泌量を減らしているかもしれません。

そのことで隠れた弊害が起こっている可能性も否定できません。ただし、糖質をゼロにしていいかというと、そうではないと思います。我々人間は、米や小麦を作り、定期的に糖質を食べられるようになってから、他の動物よりも長生きできるようになりました。

糖質の登場が人類の寿命を延ばしたという事実がある以上、糖質が完全に悪者であることはあり得ません。炭水化物もタンパク質も1グラムあたり4カロリーです。カロリーとは、1ミリリットルの水の温度を1度上げるのに必要なエネルギーのことです。

炭水化物が定期的に手に入るようになったことで、手軽に効率よくエネルギーをつくり出せるようになったとも言えます。また、糖質制限食を勧める人のなかには、「糖質を一切摂らず、ブドウ糖を遮断しても、体は脂肪を分解して生み出した「ケトン体」をエネルギー源に使うから大丈夫」と主張する人もいます。

このケトン体も、ここ数年の間にすっかり人気になりましたが、本当にケトン体だけで体を維持できるのでしょうか、長期的に調べたデータはありません。良いとも悪いとも現時点ではまだ判断できないのです。 私自身は、一切の糖質を断つ糖質制限食には反対です。

脳はケトン体そのものを使うことはできないので、TCAサイクルと呼ばれる別の経路を使ってエネルギーに変換する必要があります。そのため、余計なエネルギーを使うのです。糖質制限をすれば、確かに体重は落ちますが、体力も落ちます。

長期間続ければ、どこかに問題が生じるでしょう。そもそも、我々の体を形作る遺伝子の組み合わせが決まった1万年ほど前にも、ドングリなどの木の実を食べていたのですから、人類は糖質をまったく摂っていなかったわけではありません。

糖質が悪いのではなく、糖質を摂りすぎることが悪いのであって、適度に摂ることが大切だと思われます。具体的には、白米や白いパンといった精製された炭水化物は控えること。つまりは、白米よりも玄米や十穀米を選ぶ、白パンよりもライ麦パンや全粒粉のパンを選ぶことを意識してください。特に白いパンは、白米以上に、急激に血糖値を上げます。

一気に血糖値が上がり、そのために大量のインスリンが分泌されるので、今度は急激に血糖値が下がり、血糖値の乱高下を招くのです。今、空腹時血糖値は正常でも、食後に血糖値が異常に高くなる「食後高血糖」が問題になっています。

白いパンはまさに食後高血糖を招きやすいのです。パンを食べるとすぐにお腹いっぱいになりますが、しばらくするとお腹が空きます。ご飯(米)のほうが、腹持ちが良いと思います。それは、パンに比べると、ご飯のほうが血糖値の上昇が緩やかな分、緩やかに下がっていくからです。ただ、だからこそ、パンは美味しいと感じるのかもしれません。

あっという間に血糖値が上がり、脳が満足するので、「美味しい」と感じるのです。でも、日本では、パン食派の人が増えてから、肥満と糖尿病が増えました。精製された小麦のパンは、なるべく控えていただきたい食べ物です。

もともと小麦文化の欧米では、健康志向から、精製された白いパンよりも全粒粉のパンが増えています。でも、日本のパン屋で並べられているのは、精製された白い小麦の食パンや菓子パンばかりです。生まれもった遺伝子に合った食生活に近づけるための第一のコツは、精製された炭水化物、特に白いパンを控えることだと思います。

 





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生活習慣病が急増した理由
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 17:02
No. 8163
 
 
血糖値を上げる役割を担うホルモンは複数ありますが、血糖値を下げる役割を担っているホルモンは、インスリンしかありません。その理由を考えていくと、人類は糖質をどう摂ってきたのかという歴史に思いを馳せることになります。

今の我々の体形を作っている遺伝子がつくられたのは1万年ほど前ですが、当時は糖質を食べる機会なんてほとんどありませんでした。 狩猟・漁労で捕まえた動物や魚を食べたり、植物の葉っぱを食べたり、ドングリなどの木の実を拾って食べたりという食生活だったと考えられています。そのなかで糖質はと言えば、ドングリなどの木の実くらいでしょう。

それが、弥生時代に入り、稲作が定着すると、朝・昼・晩と定期的にお米を食べられる生活に様変わりしました。そうした変化を遂げたのは日本だけではありません。ヨーロッパやアフリカでは小麦を大量に食べるようになり、マヤ文明やアステカ文明が栄えた中米ではトウモロコシが主食になりました。

それまでは毎日十分な食糧を確保できるわけではない、飢餓との戦いの連続だったのですが、定期的に糖質が食べられるようになり、人類は大きな変化に遭遇したのです。ところが、我々の体というのは、飢餓との戦いを続けていた頃に合わせてつくられています。

当時の環境に合わせて遺伝子の組み合わせと機能が決まったのです。だから、ドングリ程度しか糖質がなくても血糖値を維持して、生命活動を営めるように、血糖値を上げるホルモンは複数用意されたのでしょう。

その一方で、血糖値を強制的に下げる必要はほとんどなく、むしろ血糖値が下がって動けなくなることのほうが問題で、死に直結することだったので、血糖値を下げるホルモンはインスリンしか用意されなかったのだと思います。

ちなみに、それは人間だけではありません。ほとんどの動物が血糖値を上げるホルモンは複数備わっているにもかかわらず、下げるほうのホルモンを三つも四つも持っている動物はいません。

では現代の食生活はと言うと、飽食の時代になり、ごはんもパンも甘いものもなんでもたらふく食べられるようになりました。その結果、遺伝子が暴走して、肥満が増え、こんなにも糖尿病が増えてしまったのです。つまり、今の時代の食生活が、我々人間が生まれ持った遺伝子の機能と組み合わせに合っていないのです。

糖尿病がこれほどまでに増えた一番の原因は、現代の食生活が、自分たちが生まれ持っている体質と合っていないことだと考えています。例えば、トンガやサモアといったポリネシアの人たちと言えば、お相撲さんのように大柄の人が多い印象があります。

実際、2014年にWHO(世界保健機関)とトンガ政府が発表した調査によると、25〜64歳のおよそ7割がBMI(体重を身長の二乗で割ったもの。体格指数) 30以上の肥満体型で、ウエストのサイズの平均は男女ともに100センチを超えていました。

ところが、戦前には太っている人はほとんどいなかったそうです。タロイモなどの主食と野菜、果物、魚を中心とした昔ながらの食生活を続けていた頃には肥満の人は少なく、ファストフードやパン食、加工食品といった手軽な食文化が海外から入り、安く簡単に大量に食べられるようになってから、こんなにも肥満が増えていったのでしょう。

なおかつ、肥満の増加とともに、糖尿病や心臓病といった生活習慣病が急増したそうです。まさに、食生活がポリネシアの人たちが元々持っている遺伝子(体質)と合わなくなった結果、肥満が増え、糖尿病が増えたのです。我々も、食生活をはじめとした生活習慣を見直し、遺伝子ができた頃の生活に近づければ、遺伝子が落ち着きを取り戻すことでしょう。

 





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ペニシリンの誕生の経緯
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 17:01
No. 8162
 
 
20世紀初頭、戦地で多くの兵士たちが傷の感染症で命を落としていました。傷の感染は、皮膚の表面にいるブドウ球菌や連鎖球菌などの細菌から起こります。エールリヒが「魔法の弾丸」を生み出してもなお、これらの一般的な細菌を殺せる「弾丸」は、当時全くなかったのです。

傷から細菌が侵入し、それが全身を巡って重篤な感染症を引き起こしても、人類になす術はありませんでした。その後、全くの偶然が医学史を変えることになりました。1920年代、ロンドンの聖メアリー病院で研究職にあったアレクサンダー・フレミングは、人間に病気を引き起こすブドウ球菌の研究をしていました。

1928年9月3日、休暇から戻ったフレミングは、細菌を培養していた培地の一つにカビが生えていることに気がつきました。不思議なことに、そのカビの周囲にだけ細菌が育っていないのです。

このカビはアオカビの一種であり、これが産生する何らかの物質が細菌の増殖を妨げているようでした。フレミングはカビから出ている黄色い液体を、アオカビの学名 Penicillium (ペニシリウム)から「ペニシリン」と名づけました。

だが、ペニシリンを純化することは難しく、安定的に 手に入れることはできなかったのです。薬として使うのは難しいと考えたフレミングは、これを論文として報告しただけで、他の研究を続けました。

まさかこれが歴史を変える大発見であるとは、フレミング自身も気づいていなかったのです。それから数年後、オックスフォード大学のハワード・フローリーとアーネスト・ボリス・チェインは、細菌を殺す薬を探索している最中にフレミングの論文を見つけ、そこに治療薬としての可能性を見出しました。

確かにペニシリンの精製は難しかったのですが、その効力は極めて強かった。1940年、連鎖球菌を感染させたマウスを使った実験では、何もしなければ一晩で死ぬマウスがペニシリンの投与によって生きながらえたのです。

1941年には人間にペニシリンを投与する初めての試験が行われ、その効果が立証されました。問題は、当時の技術ではペニシリンの大量生産はとても不可能だったことです。たった二グラムのペニシリンを精製する為に、アオカビがつくる液体が一トン必要でした。


この状況を大きく前進させたのが、第二次世界大戦でした。日本、ドイツ、イタリアなどの枢軸国と、イギリス、アメリカ、ソビエト連邦などを含む連合国との間で起こったこの大戦では、多くの兵士たちが傷の感染で命を落としました。

戦場で兵士たちが手足の切断を余儀なくされる中、感染症の治療薬を国家が渇望していたのです。フローリーはアメリカに行き、政府機関が中心となって研究チームが組織されました。連合国軍の兵士を救うため、数々の製薬会社が開発競争に乗り出したのです。

アオカビの生産と、ペニシリンの抽出法は次々に改良されました。戦場でのペニシリンの爆発的な需要に背中を押される形で、ペニシリンの大量生産が可能になったのです。1944年6月6日、膨大な数の連合国軍兵士がノルマンディー海岸に上陸し、ドイツ軍に攻撃を開始しました。ノルマンディー上陸作戦と呼ばれる、史上最大規模の作戦です。

この日、連合国軍には強力な武器が供給されていました。兵士全員分のペニシリンです。 この時、戦場に持ち込まれたペニシリンの九割は、アメリカの製薬会社ファイザーの製品でした。競合他社に先んじて、安定的な生産工程を完成させていたからです。結果としてペニシリンは、連合国軍兵士の感染症による死亡を激減させたのです。

1945年、フレミング、フローリー、チェインの3人はノーベル医学生理学賞を受賞しました。ペニシリンは感染症の治療薬として、今日に至るまで大量に使われることとなったのです。実は、ユダヤ人だったチェインは、母親と女兄弟をドイツの強制収容所で失っています。

チェインの研究成果はナチスの打倒に確実に役立っており、ここに深い因果があるのです。 人間にとっては「奇跡の薬」となったペニシリンですが、アオカビにとってみれば、細菌から身を守るために分泌する物質です。のちに、こうした薬は「生物に対して抵抗する」という意味から、「抗生物質(antibiotics)」と名づけられたのです。

 





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原子爆弾を知らせたのは科学者
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 17:00
No. 8161
 
 
1939年4月24日。アドルフ・ヒトラーは数日前に誕生日を迎えたばかりでした。ドイツの若手研究者パウル・ハルテックは総統に特別な贈り物をするために、陸軍宛ての一通の手紙をたずさえてハンブルクの通りをいそいそと歩いていました。

原子物理学の最新研究で、従来兵器とは比較にならない爆発力を得ることが可能になったのです。原子爆弾を総統にプレゼントしたいとハルテックは考えていたのですが、あいにくそれは実現しませんでした。

ナチスドイツの息がかかった地域では、ユダヤ人や自由主義思想、あるいはその両方の物理学者はみんな殺され、投獄され、欧州から追放されていたからです。同じ年の8月2日、アルベルト・アインシュタインへの任務を帯びた2人の科学者が、米国ロングアイランド、カッチョーグに車を走らせていました。

2人ともハンガリー出身の物理学者で、この日だけは任務を果たすために協力しましたが、その後は対照的な人生を歩むことになります。1人は前出のレオ・シラード。当時はみんなそうでしたが、彼にも戦争の足音が聞こえていました。

マンハッタンから出掛ける時は、いつも決まった研究者が運転手をしてくれるのですが、たまたまこの日は用事がありました。そこでシラードはエドワード・テラーという若い科学者に頼むことにしました。

ブダペストで迫害を受け、家族ともどもミュンヘンに逃げたテラーですが、このとき交通事故で右足を失っています。1930年代初頭にはドイツにもいられなくなり、最終的に米国に落ち着きました。

テラーの運転で向かったカッチョーグには、アインシュタインの夏の別荘がありました。案内された食堂は本や書類だらけで、偉大な科学者とシラードはテーブルについた。テラーは若手の立場をわきまえて、隣の台所に控えていました。

ドイツでハルテックがヒトラー総統に手紙を出したのは、それが自分の義務だと考えたからです。シラードも、原子爆弾の恐るべき可能性をフランクリン・ルーズベルト大統領に伝えなくてはと思いました。

そこで大統領の注意を惹くために、比類ない名声と影響力を持つアインシュタインの署名をもらうことにしたのです。手紙を読みながら、アインシュタインの心は激しく揺れました。この新しい知識は危険で、ひとたび実用化されたら後戻りはできない。

長期的にどんなことになるのかわからないが、ヒトラーに核兵器をもたせるのは想像すると恐ろしい悪夢です。アインシュタインは、マンハッタン計画と呼ばれる米国の原爆開発に関わることはなかったのですが、原子核のもつ力を戦争に使う可能性を大統領に示唆することになったのです。

ペンを持つ手が一瞬止まり、アインシュタインはためらいがちに署名しました。戦後アインシュタインは、ドイツが原爆開発に失敗するとわかっていれば署名はしなかったと記者に話しています。ただし若きエドワード・テラーにそんなためらいは皆無で、原子を兵器にする作業に早く取り掛かりたかったのです。

ソ連の物理学者G・N・フレロフもまた、国の指導者に原子核連鎖反応の軍事利用を繰り返し進言していました。だが、1942年2月にはソ連はドイツ軍に包囲されていました。そんな危機的な状況で、開発に何年もかかる「原子爆弾」は問題外でした。

フレロフは空軍中尉として赴任していた北西部のボロネジで、大学図書館を訪ねました。 原子物理学の論文を発表したばかりで、欧米の名だたる研究者の反応を知りたかったのです。ところがどの学術誌のページをめくっても、全く言及がない。

自分の論文はそんなに価値がないのか。フレロフはとまどい、傷ついたが、やがて気がついたのです。米国とドイツの学会誌から原子物理学関係の論文が排除されているのは、両国がひそかに原子爆弾を開発中だからです。ほえる犬は目立つ。

学術誌から情報が消えたことで、フレロフは核兵器開発をいっそう強くスターリンに働きかけました。殺傷能力を飛躍的に高めることができる。ドイツでも、米国、ソ連でも、そのことを指導者に知らせたのは軍人ではなく科学者だったのです。

 





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アルカイダを巡る米ロの関係
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:58
No. 8160
 
 
9.11事件での自爆テロ以前に敵の動向に目を配っていた人々は、そのままのポストに残留しました。日本軍の真珠湾奇襲の直後には、ルーズベルト大統領は太平洋艦隊司令長官のハズバンド・キンメル提督を更迭したが、これは責任問題ではなく、平時から戦時に移行する上で、一新をはかるためだったといいます。

ルーズベルトがニミッツやアイゼンハワーのような若手の幹部将校を大抜擢したのも、軍若返りをはかるのと同時に、世界がもはや以前と同じではないということをアメリカ国民に知らしめるためだったのです。

ところが時のブッシュ大統領は、9.11事件以後の情報機関に対して誰も更迭や解任をせず、大抜擢もしませんでした。情報活動の面で最も重要な改革は、テロリズム対策合同班が、全国規模の活動と主要大都市圏の活動を統合するべく創設されたことでした。

これにより連邦政府に属するFBI、CIA、税関、移民帰化局などの情報機関・警察機関と、州・自治体の警察が統合されることになったのだが、各機関の間の連絡が改善されるということのないままに、縄張り争いのための舞台を新たに設けてしまったようです。

国土安全保障省も発足し、沿岸警備隊やシークレット・サービスなど数多くの機関がその傘下に入り、また新しい機関もいくつか作られることになりました。だがFBIは依然として司法省に属しており、アルカイダ追跡と自動車窃盗団を同時に追い回しています。

結局、こうした改革はあまり期待できませんでした。アルカイダはグローバルなテロ組織で、本体はアメリカ国外にあります。アルカイダを打倒するためには、国外に出て行って戦わなければならないのです。国内のアルカイダを潰しても防衛は、不可能なのです。

唯一の防御は、攻撃は最大の防御と言う事です。アメリカ本土を守るには、世界中でアルカイダを攻撃する。それは決して容易なことではありません。それでもアメリカは、本土防衛のための戦略を立てようと奔走する一方で、反撃のための戦略を整え、標的となる敵の基地、アフガニスタンへの侵攻でした。ロシアはアメリカの求めを断りたかった。

アメリカは旧ソ連の国々の基地に兵を駐留させ、しかもそこからロシア兵の血が流れたアフガニスタンに侵攻しようというのですから、ロシア軍がグアムをアメリカから租借して、ベトナムに攻撃を仕掛けようというようなものです。

プーチン大統領は黒海沿岸の別荘に、国防に関わる高官十数人を集めて、アーミテージの要求について議論しました。アフガニスタンでの戦争が終われば、アメリカはアフガニスタンの土地の戦略的重要性に気付くとロシアは、そのことを恐れていました。

アメリカ軍を退去させるのは、面倒この上ない作業となるはずです。アメリカが築く基地は、軍人に加えて民間企業、ビジネスマン、軍人、民間人の家族までがやってくることを前提とするから、巨大なのが普通であることを、ロシア側は理解していたのです。

つまりロシアとしては、アメリカの中央アジア駐留が一時的な現象だと気軽に考えるわけにはいかなかったのです。後にアメリカ人がそのままタジキスタン、ウズベキスタンに留まりたいと考えた場合、これを追い出すには戦争が必要となってきます。

だが、ロシアにはアメリカと戦争をする国力はありません。それゆえロシアにとって、アメリカの中央アジア駐留を認めることは、中央アジアをアメリカに譲渡するのと同じことだったのです。現在の4年間も継続して行われているウクライナとの戦争はロシアにとっても死活問題となっているのです。

 





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小話2026年2月分下-2
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:56
No. 8159
 
 
青切符の導入は、自転車利用者の安全意識を高め、より慎重な運転を促すと思われます。信号無視や一時不停止、ながら運転といった違反が反則金の対象となるため、自転車利用者は交通ルールをより意識するようになるでしょう。危険な運転行為が減ることで、自転車単独事故や自動車との衝突事故の減少につながる可能性があります。自転車の危険行為が抑制され、歩道での歩行者との接触事故も減少するかもしれません。ひとつでも事故が減り安全安心な日本国になることを希求します。

20世紀のアメリカ史には、本土を攻撃される事に対するアメリカ国民の恐怖が読み取れる事例が、見受けられます。第一次世界大戦では、メキシコがドイツ側に加わってアメリカを背後から襲う可能性がある。第一次世界大戦後には、イギリス軍がアメリカ本土を攻撃した場合に備えてレッド計画を立案している。第二次世界大戦前から大戦中にかけて、アメリカ国民は、日本軍がアメリカ西海岸を攻撃して、占領するのではないかという現実離れした危機感を抱いていた。また、ドイツ軍のスパイ組織がアメリカ国内にいてナチスのアメリカ侵攻を助けるという恐怖もあった。これらの脅威はどれ1つとして現実化しませんでしたが、これらの脅威に対処するために立案しようとしていたのです。

ビールやワインが発酵によってできることは古くから知られていましたが、自然に起こる何らかの化学反応だと思われていたのです。一部のワインが腐るので腐敗の原因を突き止めるため、醸造業者が助けを求めたのがパストゥールでした。前者は「発酵」であり、後者は「腐敗」です。微生物が生きていくための生命活動を、人間が都合よく呼び分けていただけだったのです。風味を損なわず、かつ腐敗を防げる温度で飲料を加熱殺菌する手法は、彼の名前から今も「パスチャライゼーション」と呼ばているのです。

プルトニウム・天然ウランの全面使用禁止を目指しましょうと言っても簡単なことではなく、今後、大きな課題です。アメリカ国防総省諮問委員会は、これから最も警戒すべきは、「核を含む大量破壊兵器による国内におけるテロ集団による壊滅的な攻撃である」という報告を出しました。

宇宙は何色だろうか。昼間の空が青いように、可視光域の宇宙背景放射がゼロでない強度を持つということは、その色があるはずです。これが実は、クリーム色に近い感じになるといいます。そして想像してみてほしい。宇宙といえば漆黒の闇に星や銀河が浮かんでいるイメージなのですが、よく目をこらせばその漆黒の宇宙空間はクリーム色に輝いているのだといいます。

9.11事件での自爆テロ以前に敵の動向に目を配っていた人々は、そのままのポストに残留しました。日本軍の真珠湾奇襲の直後には、ルーズベルト大統領は太平洋艦隊司令長官のハズバンド・キンメル提督を更迭したが、これは責任問題ではなく、平時から戦時に移行する上で、一新をはかるためだったといいます。

ソ連の物理学者G・N・フレロフは、国の指導者に原子核連鎖反応の軍事利用を繰り返し進言していました。だが、1942年2月にはソ連はドイツ軍に包囲されていました。そんな危機的な状況で、開発に何年もかかる「原子爆弾」は問題外でした。

1928年9月3日、細菌を培養していた培地の一つにカビが生えていることに気がつきました。不思議なことに、そのカビの周囲にだけ細菌が育っていないのです。このカビはアオカビの一種であり、これが産生する何らかの物質が細菌の増殖を妨げているようでした。フレミングはカビから出ている黄色い液体を、アオカビの学名 Penicillium (ペニシリウム)から「ペニシリン」と名づけました。

血糖値を上げる役割を担うホルモンは複数ありますが、血糖値を下げる役割を担っているホルモンは、インスリンしかありません。その理由を考えていくと、人類は糖質をどう摂ってきたのかという歴史に思いを馳せることになります。

白いパンはまさに食後高血糖を招きやすいのです。パンを食べるとお腹がパンパンになりすぐにお腹いっぱいになりますが、しばらくするとお腹が空きます。ご飯のほうが、腹持ちが良いと思います。それは、パンに比べると、ご飯のほうが血糖値の上昇が緩やかな分、緩やかに下がっていくからです。

 





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小話2026年2月分下
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:55
No. 8158
 
  ガンは抗がん剤によって一時的に小さくなりますが、完全に消えてしまうことは少ないです。あるときから抗がん剤は効かなくなり、再び癌は増大に転じます。この時、がんの中では何が起こっているのかというと、遺伝子レベルで癌を調べると、特定の抗がん剤から逃れるしくみを身につけ、耐性を獲得したがん細胞に置き換わっているのだといいます。

アメリカとベルギーとコートジボワールで日本の有名チョコ菓子 10
第10位 名波 花屋製菓 柿チョコ。第9位 西尾 抹茶 たけのこの里。第8位 ロッテ トッポ。第7位 森永製菓 チョコボール ピーナッツ。第6位 江崎グリコ ポッキー2層仕立て バニラ。第5位 有楽製菓 ブラックサンダー 至福のバター。第4位 不二家ハートチョコレート ピーナッツ。第3位 明治 ヤンヤンつけボー。第2位 森永製菓 小枝 ミルク
第1位 ロッテ 紗々。

世界保健機関(WHO)のロゴマークをご存知ですか? 国連のシンボルの中央に、蛇の巻きついた杖が大きく描かれています。これは「アスクレピオスの杖」と呼ばれ、古くから世界中で広く用いられている医療のシンボルマークです。アスクレピオスとは、ギリシャ神話に登場する名医です。紀元前五世紀頃の古代ギリシャでは、その神殿「アスクレペイオン」が病人の治療施設になっていました。今人類が享受している医学のルーツは、古代ギリシャにあるのです。

高市 総理大臣と旧統一協会のつながりはどうなっているのだろうか。旧統一協会の文章に高市 総理の名前が32回も出てきていると 週刊誌に記載されております。

戦前の昭和初期には政治勢力が4つありました。一つは天皇周辺の宮中グループで、これは元老、首相経験者や大臣、侍従長、宮中高官、それに枢蜜顧問官、貴族院議員でもあった華族の大部分が含まれていたと言います。二つ目は軍部、とくに陸軍で、中堅、小壮軍人が上層部を動かしていました。三つ目は政党で、政友会、民政党の二大保守政党で、1940年にすべて解消しました。四つ目は官僚で、外務、内務、大蔵、商工各省の官僚が、行政の実権を握っていました。

「クオーツ」が日本で初めて登場したのは、東京オリンピック1964年の時でした。大会の公式時計に使われ、一躍世界に日本の時計の優秀性をアピールしました。このクオーツを武器に、日本は世界の時計市場に進出し、ついには時計王国スイスを追い抜きました。

微生物が病気の原因になるとわかったのは19世紀後半であり、抗生物質の開発は20世紀以降のことです。それ以前は、病気の根本的な原因はわかっておらず、その特効薬もなかったのです。現代に生きる我々にとって、細菌やウイルスは病気を引き起こす恐るべき存在です。しかし、18世紀以前の人たちからすれば、目に見えない生物が体内に入り込んで増殖し、それが多くの病気を引き起こすなど、あまりに荒唐無稽に思われたに違いないでしょう。

目に飛び込んでくるのは、海中ではね返った青い光です。白っぽい太陽光には、さまざまな色の光が混ざり合っています。色の違いは光の波長の違いで、波長が短い方から紫、藍、 青、緑、黄、 橙、赤に見えます。

タイムマシンを登場させ、宇宙人の襲来を描いたウェルズは、原子が兵器になる未来世界を想像しました。1914年に出版された『解放された世界』のなかで、彼は「原子爆弾」という言葉をつくり、無力な一般読者に向けて発射しました。

戦後のマインドコントロールされている日本は、米国が反対する外交政策は出来ません。日本にとって米国は唯一絶対の大親分なのです。これからの高市政権も同じ道を辿ることでしょう。

星の死である超新星爆発の中で、合計238個の陽子と中性子が融合してウラン原子になりました。それぞれ別々の場所でできた炭素原子とウラン原子、2個の原子は天の川銀河をどこまでもさまよいました。炭素原子は長い旅をして、小さな惑星の一部となりました。そして数億年後、複雑な構造をした分子の一員となります。この分子は自己複製という珍しい特徴をもっていました。これこそが生命誕生の立役者であるデオキシリボ核酸、DNAです。生命の始まりには、炭素原子が微力ながら貢献したことになるといいます。

 





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小話2026年2月分中-2
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:52
No. 8157
 
 
60年前に始まった 成田闘争はまだ続いている。成田空港の上空写真を見ればよくわかる。空港の中にはまだ農地が残っている。なぜ関東に羽田と成田2つの空港があるのかと言うと昔、成田は国際線で羽田は国内線で分けていた。今は、羽田空港はハブ空港となった。何でハブ空港かと言うと自転車のハブとスポークのことである。
東京湾だから羽田は深夜も飛びます。

電電公社 専売公社 国鉄。民営化した理由は国鉄の赤字解消が目的、民営化してから40年経ちます。塩は国が管理しています。民営化前から今も残っているものとは国鉄時代からの借金が残っている37兆円も借金していた。国鉄の借金は主にタバコ特別税で返している。払うのが嫌なら吸わなきゃいいでしょということです。

衆議院任期満了の1回だけしかない。馬鹿野郎解散。郵政解散。アベノミクス解散がある。
解散で議席を失うのになぜ万歳するのか。よくわからない。慰霊と言われるこの時期の総選挙。36年ぶりの真冬の解散。大雪で選挙活動や投票に影響が出ます。
予算の成立が遅れるから。

イスラム国などのイスラム過激派、今どうなっているのかと言うと今も活動しています。世界で1200以上のテロを行い、5745人を殺害しております。アメリカ人も殺しているので、今アメリカが空爆を続けている。イスラム過激派に支配されている国はアフガニスタンをタリバンが支配している。活動拠点は中東からアフリカに移転している。
今は地域ごとに活動している。

美味しい 鎌倉 ベスト20
第20位 テイクアウトグルメ。第19位 レストランシードレス。第18位 卵焼き おざわ。第17位 お好み焼き の 津久井 甘味処のあかね 小料理屋 よしろう。第16位 パリの老舗レストランのデザート レガレブ。第15位 長谷寺の寺 カフェ 海光庵 カレー激戦地 行列のカレー専門店 キャラウェイ。第14位 昭和レトロの喫茶店 イワタ コーヒー店。第13位 鎌倉 屈指の人気パン屋さん キビヤベーカリー レストラン きびや。第12位 散策の疲れを癒す 甘味 鎌倉無心庵。第11位 由比ヶ浜のそばの名店 鎌倉 松原庵 長谷にあるそばの名店 キョンキョンも絶賛した卵とじそば 鎌倉 北橋。第10位 日本料理店 鎌倉 北じま 食通 絶賛のイタリアン オルトレビーノ。第9位 昭和6年創業 鎌倉 井上蒲鉾店。第8位 鎌倉紅谷の人気メーカー くるみっ子。第7位 肉の老舗の名物 グルメ 明治30年創業の東洋食肉店 厳選した 黒毛和牛 鎌倉 肉の石川 本店。第6位 明治初期創業の乾物店 石渡源三郎商店。第5位 鎌倉野菜の人気市場 レンバイ 鎌倉野菜 ランチ カフェカエル。第4位 明治創業の和菓子店 旭屋本店 鎌倉銘菓 力餅屋 江戸 創業の和菓子店 芥川龍之介 も愛した 銘柄。第3位 鎌倉 分士が通った名 中華 華正樓 鎌倉発のフレンチ コアンドル 豊後 ゆかりの名物ステーキ。第2位 鳩サブレー 鎌倉土産の定番 大人気 豊島屋オリジナルグッズ 鳩サブレーの食べかすを掃除。第1位 相相模湾の海鮮の宝庫 新鮮魚介のイタリアン ラポルタ 大正13年 創業 鎌万水産 

ニュートンが探究したのは、熟したリンゴが木から落ちたり、窓から光線が差し込んだりといったありふれた現象です。でも、その「当たり前」のことに、まるで4歳児のように「なぜ」「どうやって」という疑問を向けたところが偉大でした。

道徳的な国際政治でない事を指摘しますが、アメリカに第二次世界大戦中、独裁者ヒトラーを倒すために、別の大量殺人を犯した独裁者スターリンと組んだ実績があります。アメリカはソ連軍を使ってドイツ国防軍を消耗させた上で、初めてノルマンディーに自国の陸軍を上陸させたのです。また1970年代には、ニクソンがソ連を封じ込めるために毛沢東の中国と同盟を結成しています。このような同盟関係とは奇々怪々なものであり、利害が原則に優越する外交はアメリカのお家芸なのです。

 





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小話2026年2月分中
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:52
No. 8156
 
  突然、ブームになる食べ物。
口の中でとろけると話題になった 生キャラメル。ファミレス スイーツからブームになったナタデココ。ご飯のお供の食べるラー油。2013年から長蛇の列ができた高級食パン。激辛ブーム、激辛鍋、激辛ラーメン。

タピオカの輸入量が2019年、爆発的に上がった。ストローの売り上げが上がった。
タピオカのブームが減るとストローの売り上げも激減したが、アルコールチェッカーで売上上昇。

トクホ認定のファイブミニ。2015年から導入された機能性表示食品は企業団体が届けでたもの。紅麹は機能性表示食品でした

ヘアアイロンの注意書きにはマイナスイオンは目に見えませんと書いてある。

カップケーキの注意書きにはカップは食べられませんと書いてある。

薬のCMは使用上の注意書きを画面に移すためにピンポンと鳴らしている。
一番最初にピンポンと言ったのは、キョンキョンです。

お酒の点字表示。

鎌倉幕府ができたのは1185年です。1192年は 源頼朝が征夷大将軍に任じられた年。

日本で最初のお金は富本銭です。

厩戸の王子が聖徳太子です。

ゆとり教育で円周率は3になったと思っている。

公園から昭和の遊具が減ってしまった。住宅の開発が進む場所では公園も増加します。

茨城県と三重県の場合、救急車の緊急性がないと判断されたら7700円以上の金額を払わないとならない。救急車の出動件数は年々増えて771万件である。救急安心センターは♯7119です。82%は救急車を呼ばなくても対応ができた。

知らない土地で新しい生活を始める移住。I ターン U ターンがありますが J ターンは何かというと田舎から都会に出てきたけど都会から 田舎近くの都会に移ること。石原莞爾先生は、都市解体をスローガンにしておりましたが今東京は 1極集中しております。コロナが流行って テレワークになって移住する方が増えた。
地方創生が始まってから移住相談は過去最高になっている。

移住ランキングベスト10
10位 山口県 9位 福島県 8位山梨県 7位 宮城県 6位 北海道 5位 福岡県 4位長野県 
3位 栃木県2位 静岡県1位 群馬県。

最新のAIは東大の試験100点です。国税局のAIは所得隠しの調査を行っている。追徴課税は過去最高額を記録した。葬儀屋はAIで個人が参列者に話しかけるサービスです。

話題になったワーキングホリデー。オーストラリアは日本の2倍は稼げる。今でも過去最高の記録です。行き先ベスト5。1位オーストラリア 2位 カナダ 3位 ニュージーランド 4位 イギリス 5位 アイルランド。英語が話せない日本人は働けません。

平成の大合併は3200 あった市区町村が1720になりました。さいたま市・浜松市・新潟市・政令指定都市になりました。南アルプス市・つくばみらい市・特徴のある名前もできました。少子高齢化による税収減の解消。維持費や職員数を大幅にカットできる。合併で不便になったことは中心地 以外の過疎化が加速した。
国の補助金はなくなったけど借金は残った。

赤ちゃんポストは熊本で誕生した。コウノトリのゆりかごと名付けられた。設置から約20年が経過しました。今も預けられており193人預けられた。
東京都の錦糸町の賛育会病院も預けられている。

 





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小話2026年2月分上-2
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/24(火) 16:48
No. 8155
 
  東京裁判での歴史観が戦後日本を支配してしまったから、あの東京裁判を批判することは実はその論そのものがおかしい。そんなものにマインドコントロールされてしまう日本国民の弱さこそ問題だと認めるべきだろうと考えます。勝者の敗者に対する裁きは、日本を一方的に断罪し、その呪縛は強烈で、今でも日本人の歴史観を拘束しているほどです。平和慣れで、米国にマインドコントロールされている日本は再起不能の状態で、時が経った今ですら敗戦国意識を引きずり、トラウマとなっています。隣国は外交で日本の過去の戦争責任を追及し、反省と謝罪を要求してやみません。

ココアは胃潰瘍や胃がんとの関連が深いピロリ菌や重い食中毒で知られる病原性大腸菌O−157の増殖を抑制する働きもあります。毎日ココアを飲んでいる人は傷の治りが早くなることが確かめられています。

核兵器廃絶を実現しなければ、核エネルギーの健全な平和理由は始まらないでしょう。これを支持する世論は着実にたかまっているのです。核冷戦もなくなった今、根拠のある反論がありません。日本が先頭に立つときです。核兵器廃絶を具体的に促進するのが、日本国で提案するナトリウム溶融塩核燃料をリサイクルへの移行策だと思うのです。

日本が配備する地上発射型迎撃ミサイルは、アメリカが湾岸戦争で使用したパトリオットミサイルの改良型ですが、湾岸戦争時に米軍側が、命中率100%と発表したにもかかわらず、命中率は9%以下でした。

イラク攻撃では日本は国連安保理非常任理事国への多数派工作を行っていました。日仏首脳電話会談でシラク大統領からこの点を指摘した事が分かっています。日本がODAでの多額の援助を武器に、イラク攻撃に対して態度を表明していない安保理非常任理事国に米英に同調するようにと圧力をかけていたのです。

マイクロソフトがウインドウズを世に出した1980年代に当時、東京大学助教授だった坂村健氏の提唱した、トロンOSは何万台ものコンピューターをリアルタイムで動かす超機能分散システムで、世界初の偉業でありました。これを潰そうと米国はありとあらゆる手をうちました。トロン搭載機を日本国内の学校教育用に採用する事が決まりかけていましたが、これを日本政府の国内産業保護政策で公正な自由貿易に反するとスーパー301条まで持ち出して中止させたのです。

中国に滞在して驚いたことですが、中国でまず、気付く事は、中国人は、そこが船内だろうが、列車内、ホテル内、レストランであろうが所かまわずツバを吐く!カーーーーッペ!!っとね。汚ねーよ(`´)夢の国、上海ディズニーランドも汚いです。アトラクションで並んでいてもずる込みしますし、食べたゴミを平気で投げ捨てています。座っている席まできて、一緒に座ろうとします。日本語を話せる人は1%くらいだといいます。

八ッ場ダムは今どうなっているかというと工事が再開されダムは2020年に運用開始されている。

IPS 細胞は今どうなっているのかと言うと今は着々と実用化が進んでいる。

はやぶさ2、今何をしているのかと言うとカプセルを投下した後次の小惑星を向かって飛
んでいる。

香港は中国に返された後50年はこのままでいいですよと言いながら、嘘ついて逮捕を始めたので観光客は少なくなった。今は香港の人も中国の悪口を言えなくなった。

 






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