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コタンBBS

違星北斗研究会
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 「違星北斗のノートについて」  [返信] [引用]
「違星北斗のノートについて」寄稿しました「沙流川歴史館年報」第17号が届きました。
北海道立文学館の所蔵の北斗の現存する唯一の直筆ノート
「違星北斗大正14年ノート」のレポートです。
お許しをいただいたので、
こちらからもPDFで読めるようにしています。
http://www.geocities.jp/bzy14554/hokutonotenitsuite.pdf
※文章の間違いや言葉足らずなところがありますので、若干、修正しています。

 
管理人  ++.. 2016/05/07(土) 00:35 [597]





 ゴールデンカムイが描かない「アシリパの妹たち」の苦難と明日  [返信] [引用]
書評を「シミルボン」という書評サイトに寄稿しました。
「ゴールデンカムイが描かない「アシリパの妹たち」の苦難と明日」
https://shimirubon.jp/reviews/3873

ゴールデンカムイでアシリパさんを好きになった方、
アイヌ文化に興味を持った人、
そのあと
アシリパさんや、その弟や妹世代、
そしてアシリパさんの子ども世代のアイヌが、
どう生きたかを、
思いを馳せてみてください。
一応、
「ゴールデンカムイ」ではなく、
「アイヌ神謡集」の書評です。

 
管理人  ++.. 2016/05/02(月) 12:42 [596]





 没後87年  [返信] [引用]
今日(もう昨日か)1月26日は、違星北斗の命日でした。没後87年です。

この1月26日という日は、北斗にとっては命日であるのと同時に、もう一つの記念日でもあります。

違星北斗は、死の5年前の1924(大正13)年、22歳の時に余市アイヌの修養団体「茶話笑楽会」を結成しています。

1月26日は皇太子(後の昭和天皇)の成婚記念日で、笑楽会はこの日に合わせて結成された、といくつかの資料に書いてあります。

アイヌである北斗がなぜ?

と思う人もいるかもしれませんが、それは今日的な感覚なのだと思います。

当時としてはおめでたい日に合わせて結成しよう、というのは当たり前の感覚だったのかもしれません。

ちなみに北斗と昭和天皇はともに1901(明治34)年同年の生まれであります。北斗は戸籍上は翌年1月1日生まれになっていますが、前年の年末に生まれています。北斗が戸籍上の明治35年ではなく、34年生まれを自称していたのには、そのあたりのことも関係しているかもしれません。

いずれにしても、
亡くなった1月26日が、北斗の民族復興の運動の最初の第一歩の記念日であり、さらにそれが昭和天皇の成婚記念日からとられている、というのはいろんな意味で数奇な感じがしてなりません。

 
管理人  ++.. 2016/01/27(水) 01:00 [595]








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