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違星北斗(いぼしほくと) (1902―29)
歌人。本名滝次郎。北海道後志(しりべし)支庁余市(よいち)町の生まれ。祖父万次郎は、1872年(明治5)、東京に開かれた開拓使仮学校に選ばれて生徒として派遣されたアイヌの一人。北斗は小学校卒業後、造材人夫をしながら歌を詠み、さらに自らもアイヌ研究を志し、上京して金田一(きんだいち)京助に会ったこともある。1927年(昭和2)には、日高支庁平取(びらとり)町の聖公会の幼稚園でバチェラー・八重子の仕事に協力する一方、売薬行商をしながらアイヌに対する差別を告発する歌をつくる。遺稿集『コタン』(1930)には、北斗のアイヌとしての怨念(おんねん)がにじんでいる。
アイヌとして生きて死にたい願もてアイヌ絵を描く淋(さび)しい心
[執筆者:藤本英夫]
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日本大百科全書(小学館)を底本としており、執筆者は故・藤本英夫先生。
情報としては、目新しいところはありません。
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管理人 ++.. 2008/12/14(日) 22:39 [437] |
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「怨念」か。
北斗は怨念とかルサンチマンとかからは遠い気がするけれども、北斗の病中書簡を持っておられた藤本先生が書かれているので、一回りしてやはり「怨念」なのかもしれない。
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管理人 ++.. 2008/12/14(日) 22:42 [438]
[引用]
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逆に言うと、私は活字になっている北斗の遺稿集のテキストの中には「怨念」は感じられない。上山草人の読んだ日記原本にあった「歪んだ」考えは、遺稿集の編者によってカットされている。
藤本先生は、病中書簡にある北斗の「怨み節」をご存じなので、こういう読み方をし、こういう書き方になったのではないでしょうか。推測ですが。
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管理人 ++.. 2008/12/16(火) 18:40 [439]
[引用]
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