Title: 【出産報告】25週子宮内胎児死亡後の出産
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私の息子は2年前の7月8日、25週目で突然お空に還ってしまいました。
入籍後初めての妊娠、私の元に来てくれた息子がいると思うと、毎日がただ幸せで、見える景色も違って見えていました。 胎動も感じることができるようになり、なんとも言えない幸福に満ち溢れていました。
その年の7月、マタニティーウエディングという形で結婚式も挙げる予定。 安定期を迎え、安産祈願もして、あとは出産準備と式の準備をしていかなくちゃ。 職場にも同じ数週の妊婦さんがいて、一番のママ友になれるね、なんて話していました。
妊娠7ヵ月で仕事を辞め、残りの妊娠期間ゆっくり過ごそうと思っていました。 仕事も今月いっぱい、頑張ろう! そう思っていた矢先の仕事中、胎動を感じないことに気づきました。 お腹で可愛い息子が亡くなってしまうことなんて、一切頭にない、無知だった私は、赤ちゃんだって蹴りたいときがあれば蹴りたくないときだってあるはずと、勝手な解釈をしてすぐには、病院へ行きませんでした。
やっぱり胎動感じない。さすがにおかしい。
仕事を早退して病院へ。 エコーで診てもらって安心して帰ろう。 タクシーのなかで、そう思っていました。
エコーを診た先生は大きく息を吸い、これは・・・と言って言葉を飲みました。 「心臓が動いていません」 そこから何も聞こえなくなりました。 恐ろしい夢を見ているようだった。でも夢じゃない。 理解できない。受け入れられない現実にすぐにはついていけませんでした。
何やら先生が出産の話をしている。だけど頭に入ってこない。 今出産してこの子は大丈夫なの?実は、本当はまだ生きていたならどうするの?色々考えました。 すぐに家族、旦那さんが呼ばれました。 旦那さんは泣きじゃくって私の病院へ入ってこれない。 私は息子を出産し、胎盤臍帯臓器の病理解剖にかけてもらいましたが、原因不明でした。
立ち会い出産直後、悲しみに明け暮れて旦那さんと大泣きしているとき、病室の洗面台から、勝手に水がジャーと勢いよく出て止まるという不思議なことが起こりました。 僕はいつも一緒にいるよと語りかけられた気がしました。
それからが地獄の日々。 普段の行いで何がいけなかったのか、自分を責めありとあらゆる原因探しをしました。 結婚式の10日前でした。 列席してくださる方には失礼ですが、そんな気分じゃありませんでした。キャンセルを考えました。 職場にいるもう一人の妊婦さんも見たくありませんでした。
早くお腹に戻って来てほしい。 早く妊娠したい。 そればかり考えていました。
4ヵ月後の11月、妊娠しているとわかり、嬉しい気持ちと同時に恐怖が襲ってきました。 もう二度とお腹の子を亡くしたくない、安定期なんて無い。 ちょっとしたことで、何度も、何度も、救急受診していました。 予定日は7月20日でした。 お兄ちゃんと同じ7月。
産まれてきてくれたのはお兄ちゃんと同じ7月8日でした。 お兄ちゃんが逢わせてくれた弟くんの名前は逢糸に決めました。 命の尊さ、産まれてこれることの奇跡を教えてくれたお兄ちゃん。 お兄ちゃんが教えてくれたことで私達家族はとても変わりました。
二人ともとてもとても愛しています。
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