| TOP | ホーム | ページ一覧 |


No.16 への▼返信フォームです。


 ◆ 「特撮@ふたば」に貼り付けた文章    ++ just-sider(管理人) [URL]  

 
 
有用かもしれないので、ここにも少し手直ししたものを
貼り付けておきます。

まだ手直しの途中で不完全なのですが、それぞれの
意味の関係式を簡単に書きます。

善(悪⇔正義)⇔不善(自己犠牲精神⇔不正義)

善は利益を得ようとする意志(目的意識)、
悪は利益を不当なまでに得ようとする意志、
正義は対等関係の範囲内に利害を収めようとする意志、
不善は害(不利益)を求める意志、
自己犠牲精神は害を不当なまでに得ようとする意志、
不正義は皆に対し同じように害を与えようとする意志、
です。

..2009/11/23(月) 09:04 No.16
 
 ◆ Re:「特撮@ふたば」に貼り付けた文章    ++ 通りすがりの仮面ライダー  

 
 
ふたばから来ましたw
いくつか読んでみましたが、思想が偏っている印象を受けました。
また文章も抽象的過ぎて、読み終えた時に全く印象に残りません。

偏りについてですが、この引用からして
>善は利益を得ようとする意志(目的意識)
とありますが、
善とは道徳的な概念であって、利益、不利益を省みない、社会通念上正しいと判断される行動や思考であると思います。
他の説明についてもそうなのですが、無理やり枠に収めるべくして捻じ曲げられているかの様な印象を受けました。
自己犠牲についても、「害を不当なまでに得ようとする意志」では唯のマゾじゃないかとw
自己犠牲はそれより優先されるべき存在が大きいのであって、一般的には目的完遂または他人及び社会を優先とした思想や判断だと思います。善もそうですが、これも「意思」ではなくモラルを基準としたものであり、個人の意思とは別の存在だと思います。
引用元に限れば、「悪」だけが「道徳からかけ離れた意思」であると思います。

抽象的だとの指摘ですが例えば、
>正義は対等関係の範囲内に利害を収めようとする意志
に於いても、まず「対等関係」が個としてなのか社会としてなのか、何を指しているのかも良く判らず、その「範囲内に利害を収める」と言う説明までもがぼやけてきています。

よく読まずに思いついたまま書きましたが、的外れでしたらご容赦下さいませ。
何にせよ、その他本文を読んだ印象がとても「怖い」と感じました。あえて判り易い言葉を省き、歪んだ思想を押し付けられてるような感じです。

..2009/11/24(火) 20:08 No.17
 
 ◆ Re:「特撮@ふたば」に貼り付けた文章    ++ just-sider(管理人) [URL]  

 
 
>思想が偏っている
偏りの無い文章は意味の無い文章です。どのように
偏っているかが重要です。

>抽象的過ぎて
それはあなたが抽象的なことを実際の事例に
当てはめるという作業を行っていないからです。
私は、一般的に知られている言葉を、今よりも
有用なものに作り変える作業を行っています。
言葉を既存の定義のまま利用したり慣習(モラル)に
従ったりするだけではなく、自他に不利益をもたらす
要素を取り除き、利益を生む要素を加えて改良する
必要があります。それを「捻じ曲げる」と評価されるのは
誤りです。自己犠牲については、過去に大真面目に
そのマゾを求める人もいました。

>よく読まずに思いついたまま書きましたが、的外れでしたらご容赦下さいませ。
余りにも考えなしに書き込みをされると、誤解を解くために
こちらが多大な労力を割くことになります。自らの
書き込みを的外れと自覚されているなら、もう少し読んで
考えてから書き込みしてくださいますようお願いします。

>あえて判り易い言葉を省き、歪んだ思想を押し付けられてるような感じです。
「歪んだ思想」とされましたが、確たる根拠もなしに内容を
貶めるのは止めてください。また、判り易い言葉を
省いてはいません。


追加説明です。

サイトの本文では善・悪・正義は「意志」というだけではなく
「自己の内面に言語化した意志」と定義しています。
また、私が自己犠牲「精神」と書いたために
誤解をされた可能性があります。感情ではなく「意志」なので、
不利益の内容は肉体的・精神的な苦痛に限りません。
感情ではない不利益の例は、金銭的損失や、社会的地位や信用や
命を失うことなどです。それらを感情的にどう思っているかとは
別で、矛盾することもあれば、一致することもあります。

対等関係の中身は、生活水準や身の安全や教育や自尊心や
労働の対価などです。その上限・下限自体は、
個別の条件によって変化しますが、それらの具体例を
全て説明すると、ただでさえ多い文字数が倍増
してしまいます。上限・下限は多くの人の経験の
蓄積から知識化し、それらに分析や比較を行い(思考して)
「誰でも納得、得しやすい規則」にしていくものです。
それが現在運用されている法律や条例です。
その法律や条例に「納得できない、誰も得しない、
またはごく一部の人しか得しない、または必要ない規則」が
あれば、変えていく必要があります。そのためには、
変更の手段である「言葉」を使いやすいものにする
必要があります。
言葉を定義し直す必要性を数字で言えば、
数式にアラビア数字ではなく
漢数字を使う人はあまりいないと思われ、
単位で言えば、定規にメートル法ではなく
尺貫法を使うようなことです。
適材適所ですが、言葉については
現状で「適材」が見当たりません。
対等関係の適用範囲については、「自分と他人の関係において」
です。個人同士、集団同士、個人と集団同士、それら
全てにおいてです。集団は自治体や企業や民族や国家などです。

可能な限り既存の解釈と矛盾しないようにしていますが、
初めて読まれると一般的認識との落差から違和感を
感じられるのも無理は無いかもしれないと、思い直しました。
少しきつい書き方をしてしまい、申し訳ございません。
もう少し読まれた後に再度評価を頂けたら、とても助かります。



..2009/11/24(火) 20:51 No.18
 
 ◆ Re:「特撮@ふたば」に貼り付けた文章    ++ 通りすがりの仮面ライダー  

 
 
過ちを認めないのは愚かな人間だと思います。
また、他人の意見に耳を貸さないのは孤独な人間であると思います。

やはりあなたの仰る「作り変える作業」は、やはり「捻じ曲げる」事である様に伺えます。それに、作為的な置き換えを持ち出して、現実に当てはめるのは不可能ではないですか?
自分は恐らくあなたよりも長く生きており、また人生経験は豊富であると考えております。また、職業柄言葉を大切にしております故、誤った判断で改竄されていくのが納得できなかったのです。
また「誤り」と判断するのはあなたでは無いのは明らかです。

>過去に大真面目にそのマゾを求める人もいました。
これは特異な一例でしかないのでは?
木を見て森を見ずでは、このサイトが扱うような大局的な考えができないのではないでしょうか。

前回の投稿では批判的な内容だったかも知れませんが、こちらは別段あなたを貶めるのを目的としているのではありません。
見なかったことにするのが一番楽だったと考えなくもないですが、ここまで偏った思想を持ったあなたに少し興味があったと言う所でしょうか。

それから、あなたの文章は他人の思考を奪う類のものに感じました。
これが前回抱いた「怖い」と感ずる所以であります。
ホームページとして公開する以上責任が生じるのです。
これを読んだ他の人間はどう思ったのだろうという「怖さ」が残ります。
危険思想でないのが幸いだし、せっかく掲示板を用意されて他人の意見を求めるのであらば、多少なりとも他人の言葉に耳を傾けるのも然りだと存じます。

..2009/11/25(水) 00:18 No.19
 
 ◆ 追加説明に対して    ++ 通りすがりの仮面ライダー  

 
 
具体的な説明ありがとうございました。
判りやすく書かれておりました。

ただ蒸し返すようですが、
不利益と利益が対義語であるとするならば、
あなたの仰る善とは
肉体的・精神的な安堵、または金銭や社会的地位を得ようとする自己の内面に言語化した意志
に置換できます。
重箱の隅をつつく様で申し訳ないのですが、善行を利己的な物であるとするととても悲しいものではないでしょうか?
物事を「よし」とするべく正しい方向へ働きかける大切な精神だと思っております。

うまい言葉が見つからないことって良くありますよね。
でも、既存の言葉の意味を変えるのでは、ご自身でも理解されてるように誤解が生じてしまいます。
あなたの言い回しを拝借するのであれば、言葉を定義し直す不必要性を例えるならば、日本人に英語で話しかける人はいないと言うこと。
端的にのべるなら、リンゴをみかんと呼称するのと変わらない事だと思います。
これでは逆に言葉の形骸化にならないでしょうか?
概念の定義化はさぞや大変な苦労だと思います。
それに過去、いい言葉が見つからない時は造語してきた歴史があります。意味を変えるよりは、新しい言葉を作ったほうがいいのではないでしょうか?
また、当方は詳しくはありませんが、仏教に於いても規律を作る時に多くの言葉を作ったと(うろ覚えですが)記憶しております。
そう言った書籍も参考にしては如何でしょうか?

..2009/11/25(水) 00:56 No.20
 
 ◆ 長文になってしまいました    ++ just-sider(管理人) [URL]  

 
 
再度ご意見を下さいまして、ありがとうございます。年長の方の
ご意見は、とても参考になります。

私に人生経験が足りないのは認めます。しかし、個人の経験に
頼るだけでは視点を広げることが難しくなります。
私は森も木も枝も根も土もそれ以外も、私の能力で分析・習得
できるものは全て取り込んでいこうと考えています。


>重箱の隅をつつく様で申し訳ないのですが、善行を利己的な物であるとするととても悲しいものではないでしょうか?

私は内容に対して(ある程度までは)重箱の隅を
つついてもらうことを、蒸し返されることも望んでいます。
それを受けて改良すれば、その部分の重箱を
再度つつき・つつかれる手間を省けます。

善をそのように定義せざるを得なかったのは、
善を利己的なものでないとすれば、善と自己犠牲の意志を
当人が区別できなくなる危険が大きいためです。
その場合は、自己犠牲の自覚が無いので意志ではなく、
行動のみになりますが、自己犠牲という点では同じです。
本文で繰り返し述べている目的は「自他の利益の最大化」です。
自分と他人の利益を伴わせることを目的とすれば、皆が
楽しくなります。自己の利益「だけ」を求めれば、自己の
利益のために他人を食い物にする「悪」になり易くなります。
他人の利益のために自分が大きく割を食うならば、
「自己犠牲の意志」になります。

既存の言葉が誤解・曲解を生んでいます。定義を曖昧に
することで、言葉が人を騙し、押さえつける手段に
なっています。新たな言葉を作ることも考えたのですが、
とても胡散臭くなり、読みにくいものとなってしまいました。
また、仏教の言葉を使うことも少し考えたのですが、仏教は
「一切皆苦(全ては苦しみ)」の前提から出発していて、
悟り(環境ではなく自分の精神構造を変化させ、苦しみを
感じる機能を消す)でそれを逃れる、という考え方なので、
使える言葉(概念)が余り無かったのです。
また、仏教発祥の言葉の一部は、調べなければそれと
気付けないほど一般的な言葉として広まっています。

言葉は基本要素(同じ・異なる)から成り立っています。
数字に置き換えれば、自然数の「1」から成り立っています。
もし、数字に1以外の数が見いだされなければ、例えば数字の
5は「1+1+1+1+1」と表記するしかなく、
非常に不便です。よって、1を起点にして、1+1を2と
省略しよう、1+2を3と省略しよう、と順々に作って
いけます。
言葉も、省略して概念を扱えるようにしないと、理解が
追いつきません。数学の定理をそのつど最初から作って
計算するよりも、予め定理を作ったり他人から習ったりして
使う方が便利です。この試みが成功すれば、言葉はもっと
便利なものになる可能性があります。


>物事を「よし」とするべく正しい方向へ働きかける大切な
精神だと思っております。

上記で言わんとされていること自体(含まれている意図)は、
恐らく私が述べている「善」「正義」とあまり矛盾しません。
しかし、一般的な認識での言葉の形骸化は、「正しい」で
顕著に見られます。
「良い」も「正しい」も、そのままでは曖昧すぎて、
役立てにくい言葉です。なので、
「正しいとは、設定した目的に適している」
→「良いとは、人にとって正しい(人が利益を得る目的に
適している)」
→「正当とは、自他にとって良い(自他が利益を得る目的に
適している)」
と条件を付加していく必要があります。本文では
項目04の(「正しい」をはっきりさせる)に少し詳しめに
書いています。


>それから、あなたの文章は他人の思考を奪う類のものに感じました。
これが前回抱いた「怖い」と感ずる所以であります。
ホームページとして公開する以上責任が生じるのです。

サイトの文書は思考を奪うものではなく、思考の材料を
提供するものです。現時点での文書では、説明不足が多々
あるため、改訂作業を行っています。また、発言の責任は
放棄せず、可能な限り取るつもりです。

以下は私の推察です。的外れもしくはご気分を害されましたら、
その旨をお伝え頂きますよう、お願い申し上げます。
謝罪すべきことと分かれば、そのときあらためてお詫び
致します。もしご感想を頂ければ、文書の改訂の参考に
しようかと考えています。
私の試みの内、「いかにして年長の方々に文書の内容を
理解して頂き、納得して頂くか」という方法への問題点が
明らかになってきました。本文の内容(29 経済問題)には
「年長者を排除して若年者の不当なまでの台頭を
働きかけるものではない」という説明が未だ不足
しているかもしれません。若年者にもう少し
精神的・教育的・経済的配慮をして頂ければ、
年長の方々が味わわれた過去の苦労を理解・納得し、
若年者は後にその苦労に良い意味で報いることができます。
どちらにも不利益になるようにはさせないつもりです。
話し合って世代間の対立を無くしていき、協力関係を
強めていく必要があります。年長の方々に「怖い」と
見なされないようにして頂くために、次回の改訂までには
もっと配慮して文章を改めようと考えています。


..2009/11/25(水) 18:55 No.21
 
 ◆ 追記    ++ just-sider(管理人) [URL]  

 
 
やはり、どうしても足りないものは造語
せざるを得ないことが分かりました。
それに、私は既に現時点の文書に於いて「行為放棄」などの
造語を作っていました。造語は必要最小限に留め、
感覚的にも受け入れてもらいやすいような形にするつもりです。

遅ればせながら、これからはもっと謙虚な姿勢で
やって行くことを心がけます。
せっかく頂いたご意見を短絡的に否定するような
発言をしてしまったことを謝罪致します。
申し訳ございません。
具体的な再発防止策は、肯定・否定の即断ではなく、
頂いた一つ一つのご意見を尊重して考えてから、
相手方の感情を出来るだけ害さないように配慮して
返答していきます。

あと、仏教の「悟り」については、上述した説明だけでは
誤解を与えかねないので、この場で説明します。
悟りの本来の意味は、
とことんまで考え尽くした上でたどり着くもので、
すぐに思考停止になるという意味ではなかったようです。
しかし、仏教が広まるにつれて「思考の過程を飛ばして
簡単に悟ったと思う」というものが横行していったようです。
私は仏教の関係者でも研究者でもないので、「〜ようだ」
としか言えませんが、仏教を過剰に貶めるのを避けるためもあり、
説明を追加しました。本文でも説明不足なので、
今回行っている改訂で直す予定です。

ご意見を頂けたら非常に助かります。
お忙しいこととは存じますが、
少々期間が空いてしまっても対応致しますので、
何卒お願い申し上げます。

..2009/12/10(木) 18:46 No.22


No.16 への引用返信フォームです。

名前
Mail   URL
背景色
文字色
タイトル  
添付   >>お絵描き
フォームに保存  プレビュー      削除キー