受け継がれてきたものを次世代に
聖母マリアの花園

天 使 祝 詞

めでたし聖寵満ち満てるマリア、主は御身と共にまします。

御身は女のうちにて祝せられ、ご胎内の御子イエズスも祝せられたもう。

天主の御母聖マリア、罪びとなる我らのために、今も臨終のときも祈り給え。アーメン


カトリック信者、カトリックに関心のある方のための掲示板です。

現在の教会を憂える方、戸惑われている方、大歓迎です。


意見交換の場ですので、礼儀と節度ある投稿をお願いします。

虚偽やふさわしくない投稿は、管理人の判断で削除します。 管理人:maggie




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 【注意とお知らせ】    ..管理人Maggie    
      2019/12/21(土) 22:01  No.2835
 
 
パインさんの投稿を削除させていただきました。
理由として、「伝統主義カトリックを自称しながらフランシスコ教皇批判に熱心な某氏」という大雑把な書き方で根拠のない疑いをかけるのは、意図した人以外をも名誉棄損していることになります。
この掲示板では、違和感を感じざるを得ないはっきりとした事象についてご報告されるのは結構ですが、あやふやな形や憶測で名誉を傷つけるようなことは避けていただきたいと思います。



 教皇様来日のあと・・・    ..跪き    
      2019/12/21(土) 17:22  No.2833
 
 
教会で、教皇様をお迎えして帰国されたあと、司教様方、神父様方から、教皇様来日で・・・云々、のお話を幾度かお聞きしますね。

先の投稿で「核廃絶」と書きましたが、武器の所有や核の使用について言及してくださってよかったとおっしゃっている方はいます。彼らが信じている政治的イデオロギーを絶対化させるために、教皇様の発言は大事であるようです。そういう方々のことは隅に置いておいて、私が見逃していたいくつかのお話を聞くことができました。

その1

教皇様の御ミサの聖体拝領の時に、手で御聖体を拝領しようとして手を出した信者に舌の上で拝領させるように促された司祭がおられたそうです。

その2

ミサ中、教皇様の香のたむけ方(献香の所作)が祈りに満ちていた、というのです。
香をふって次の所作に移られる前に間があって、その間祈っておられるように見えたというのです。これを言われた方は祭壇におられた方です。

我らの主イエズス・キリストの御降誕のミサで多くの教会では香を振られると思いますが、それをする司祭や侍者は倣ってほしいですね。

その3

ミサ中、教皇様の左右におられたバティカンから来られた聖職者(聖職位階はわかりません)は聖変化の時に跪かれたそうです。それなのに、その近くにいた日本の神父様方の教育を受けた日本人(司祭なのか修道者なのか神学生または一般男性なのか?)は、そのままだったそうです。教育で人は変えられるということ、自分はどのような教育を受けてきて今こうなっているのか、知ることですね。

待降節も終盤にさしかかりました。皆様、よいクリスマスをお迎えください。
 (編集済)



 正義と平和    ..跪き    
      2019/12/18(水) 02:04  No.2832
 
 
その1

最近、ローマ教皇庁の組織図の中にこれまであった「正義と平和に関する評議会」が統廃合されることになったことを知りました。 

フランシスコ教皇様着座後の2017年に、新しい評議会が作られ、その中に正義と平和を含む、かつてあった4つの評議会(移住者・難民も含む)が統合されるということです。

この流れが、日本の教会の司教協議会、および各司教区にも反映されて然るべきだろうと思いました。


その2

今、司教様の口からたびたび出る次のような言葉があります。「核廃絶」

核廃絶を言うのなら、核兵器を持っている国の司教様におっしゃればいい。
大陸間弾道ミサイルを持ち、かつ核兵器を保有する国の司教様に面と向かっておっしゃればいい。

アメリカの司教団に、フランスの司教団に、イギリスの司教団に、中国の教皇様が認められた司教様に、おっしゃればいい。

それができないのに、島国の核兵器を落とされた側の信者に何度も聞かせ、なんとなく、核と名の付くものを、信者の心の中で「罪 sin 」に結びつけさせるような啓蒙をされているように思います。

武器を持たず防衛力を持たないことが、何か、罪から遠ざかることのように、教会内で教えられていないでしょうか?

これは違います。

正当防衛は、カトリック教会の教えの中で昔から認められていることです。

 (編集済)



 ある演奏会のご紹介 2019年12月7日(土)午後    ..跪き    
      2019/12/05(木) 14:07  No.2831
 
 
Youtube のミサの映像などを拝聴して、がっかり・・・と思うことの多いのは私だけでしょうか。
もはや、ヨーロッパで醸成された伝統の教会音楽を御ミサで聴くことは不可能なのでしょうか。

待降節を迎えました。
今日は、ミサではなく、ルネサンス期の無伴奏の宗教音楽コンサートのお知らせです。

・・・・・・

以下、12月8日編集事項

演奏会は終了しましたので、掲載は控えます。

よい待降節をお過ごしください。
 (編集済)



 偶像教会化のただ中    ..マグノ    
      2019/10/27(日) 15:16  No.2830
 
 
ぴーちゃんさん
ピオ十世会はカトリック本体からすると、取るに足りない砂粒のような少数派です。
デマを浴びせかけられたら正面から反論すればいい、それだけです。
内部締め上げ、応報で対応する姿勢が正しいでしょうか?。

自由意志に基ずき信仰に在る者にとって、判断介入にみえるやり方は逆効果だということもわからないんでしょうか?
ウナ・ヴォーチェもオプス・デイも素晴らしいです。活動が広がることを切望していますが、
その間バチカンは、日毎に狂っていっています。
そのことに無反応で、自分たちの計画があるということで参加制止の指令をだすとすると、
SSPXが競合し得るという「私欲」が入り込んでいませんか?

わたしがピオ十世会に一目置いているのはミサよりも、ルフェーブルの生き方に感銘を受けるからです。
また正教会に魅力を感じる点も同様、迎合しない貫いている確固としたものを感じるからです。
聖書からもカテキズムからも外れた異端行動をやりまくる、おそらく傀儡状態の現教皇よりも.....。
上智も南山も多くの神学者がいるはずですが無反応です.....プロテスタント関係者が現状を一番喜んでいるでしょう。



 通常ミサしか参加できないひとはどうすればいいのか?    ..ぴーちゃん    
      2019/10/27(日) 09:34  No.2829
 
 
しかしピオ十世会ミサへ参加制止の呼びかけをするような「従順」とトップダウン「盲信」を混合してしまっている発信者も多く、非常に残念です。目を向けるべきは、自分たちの活動じゃなく、神さまでしょう。

前記事にと書いてありますが、逆もあることも理解していただきたく思います。通常ミサを毒の入ったもの、プロテスタント化したものとして非難し、参加しないようにと言われる発信者もいるのです。




 無題    ..マグノ    
      2019/10/26(土) 09:47  No.2828
 
 
アマゾンシノドスの一連の偶像事件に、どうして日本のカトリック広報は反応しないのでしょうか。日本のカトリック発信者も、その見て見ぬふりの態度は正常でしょうか?声を上げる人も少数いるのは救いです。
http://japanesebiblewoman.hatenadiary.com/entry/2019/10/26/074900
https://seibo-archive.com/2019/10/22/amazon-synod-pachamama-tiber-and-ford-foundation/
しかしピオ十世会ミサへ参加制止の呼びかけをするような「従順」とトップダウン「盲信」を混合してしまっている発信者も多く、非常に残念です。目を向けるべきは、自分たちの活動じゃなく、神さまでしょう。



 日本のカトリック上層部関係者がまたメディアに    ..跪き    
      2019/10/22(火) 00:44  No.2827
 
 
一月前に英文で公開書簡を自分のブログにのせた方が昨夕は記者会見です。
ほんの少し前はカトリック教会の「日本の顔」であった方です。
記者会見も、ご自分の大好きな「宣教」の場であるととらえ、日本の隅々まで写真が配信されていることも考え、もう少し、敬愛を受けられるようなお姿、心持ちで登場できないものでしょうか。
こういう方がカトリック教会の指導者なのか、教会に行ってみようかなと思ってもらえるような・・・。
ああ、だめです。信者である私でさえ目を背けました。

内容? いつもの通りです。杓子定規を当てたように、日本共産党の主張と同じです。
またこの主張に、単純なシスター方が同調する。

若い聖職者の方々、良い師をさがしてくださいね。
良い師に倣い、よき聖職者に成長してほしいと望みます。 (編集済)



 従順を超えた妄信 「教会ジャーナリズム不在」の異様さ    ..マグノ    
      2019/10/02(水) 23:27  No.2826
 
 
日本のカトリック、もっと広くキリスト教を批判的にかかわるジャーナリズムが出てこないのはなぜでしょうか。(プロテスタントを含めると新興系カルトを含むので望ましくないとはおもいますが)教会や教皇をたてることは信徒として前提ではありますが、正平協に加担する一部神父たち、ヒューマニズムと隣人愛を混合する古株信徒.....。
現教皇の来日を盛り上げようとする想いはわからないでもありませんが、なぜジャーナリズムが過激なリベラル方針やスキャンダルの追及をしないのか、異様に感じます。
現代文明に迎合し、寛容で開かれたふりをしながら批判を一切許さないかのような空気は何なのでしょうか?異教や無神論者と積極的にディベートしてきたバロン氏が、テイラー・マーシャルとの討論に応じないことなど海外メディアは健全であると思います。
https://onepeterfive.com/
https://www.youtube.com/user/Taylor0Marshall/videos?disable_polymer=1



 跪きさんへ    ..泉馨    
      2019/09/30(月) 15:10  No.2825
 
 
批判されるのなら、たとえ要約でも、ご自分で日本語訳されて問題点を明記し、それについて解説を加えるべきではないでしょうか。




 


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