受け継がれてきたものを次世代に
聖母マリアの花園

天 使 祝 詞

めでたし聖寵満ち満てるマリア、主は御身と共にまします。

御身は女のうちにて祝せられ、ご胎内の御子イエズスも祝せられたもう。

天主の御母聖マリア、罪びとなる我らのために、今も臨終のときも祈り給え。アーメン


カトリック信者、カトリックに関心のある方のための掲示板です。

現在の教会を憂える方、戸惑われている方、大歓迎です。


意見交換の場ですので、礼儀と節度ある投稿をお願いします。

虚偽やふさわしくない投稿は、管理人の判断で削除します。 管理人:maggie




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 偶像教会化のただ中    ..マグノ    
      2019/10/27(日) 15:16  No.2830
 
 
ぴーちゃんさん
ピオ十世会はカトリック本体からすると、取るに足りない砂粒のような少数派です。
デマを浴びせかけられたら正面から反論すればいい、それだけです。
内部締め上げ、応報で対応する姿勢が正しいでしょうか?。

自由意志に基ずき信仰に在る者にとって、判断介入にみえるやり方は逆効果だということもわからないんでしょうか?
ウナ・ヴォーチェもオプス・デイも素晴らしいです。活動が広がることを切望していますが、
その間バチカンは、日毎に狂っていっています。
そのことに無反応で、自分たちの計画があるということで参加制止の指令をだすとすると、
SSPXが競合し得るという「私欲」が入り込んでいませんか?

わたしがピオ十世会に一目置いているのはミサよりも、ルフェーブルの生き方に感銘を受けるからです。
また正教会に魅力を感じる点も同様、迎合しない貫いている確固としたものを感じるからです。
聖書からもカテキズムからも外れた異端行動をやりまくる、おそらく傀儡状態の現教皇よりも.....。
上智も南山も多くの神学者がいるはずですが無反応です.....プロテスタント関係者が現状を一番喜んでいるでしょう。



 通常ミサしか参加できないひとはどうすればいいのか?    ..ぴーちゃん    
      2019/10/27(日) 09:34  No.2829
 
 
しかしピオ十世会ミサへ参加制止の呼びかけをするような「従順」とトップダウン「盲信」を混合してしまっている発信者も多く、非常に残念です。目を向けるべきは、自分たちの活動じゃなく、神さまでしょう。

前記事にと書いてありますが、逆もあることも理解していただきたく思います。通常ミサを毒の入ったもの、プロテスタント化したものとして非難し、参加しないようにと言われる発信者もいるのです。




 無題    ..マグノ    
      2019/10/26(土) 09:47  No.2828
 
 
アマゾンシノドスの一連の偶像事件に、どうして日本のカトリック広報は反応しないのでしょうか。日本のカトリック発信者も、その見て見ぬふりの態度は正常でしょうか?声を上げる人も少数いるのは救いです。
http://japanesebiblewoman.hatenadiary.com/entry/2019/10/26/074900
https://seibo-archive.com/2019/10/22/amazon-synod-pachamama-tiber-and-ford-foundation/
しかしピオ十世会ミサへ参加制止の呼びかけをするような「従順」とトップダウン「盲信」を混合してしまっている発信者も多く、非常に残念です。目を向けるべきは、自分たちの活動じゃなく、神さまでしょう。



 日本のカトリック上層部関係者がまたメディアに    ..跪き    
      2019/10/22(火) 00:44  No.2827
 
 
一月前に英文で公開書簡を自分のブログにのせた方が昨夕は記者会見です。
ほんの少し前はカトリック教会の「日本の顔」であった方です。
記者会見も、ご自分の大好きな「宣教」の場であるととらえ、日本の隅々まで写真が配信されていることも考え、もう少し、敬愛を受けられるようなお姿、心持ちで登場できないものでしょうか。
こういう方がカトリック教会の指導者なのか、教会に行ってみようかなと思ってもらえるような・・・。
ああ、だめです。信者である私でさえ目を背けました。

内容? いつもの通りです。杓子定規を当てたように、日本共産党の主張と同じです。
またこの主張に、単純なシスター方が同調する。

若い聖職者の方々、良い師をさがしてくださいね。
良い師に倣い、よき聖職者に成長してほしいと望みます。 (編集済)



 従順を超えた妄信 「教会ジャーナリズム不在」の異様さ    ..マグノ    
      2019/10/02(水) 23:27  No.2826
 
 
日本のカトリック、もっと広くキリスト教を批判的にかかわるジャーナリズムが出てこないのはなぜでしょうか。(プロテスタントを含めると新興系カルトを含むので望ましくないとはおもいますが)教会や教皇をたてることは信徒として前提ではありますが、正平協に加担する一部神父たち、ヒューマニズムと隣人愛を混合する古株信徒.....。
現教皇の来日を盛り上げようとする想いはわからないでもありませんが、なぜジャーナリズムが過激なリベラル方針やスキャンダルの追及をしないのか、異様に感じます。
現代文明に迎合し、寛容で開かれたふりをしながら批判を一切許さないかのような空気は何なのでしょうか?異教や無神論者と積極的にディベートしてきたバロン氏が、テイラー・マーシャルとの討論に応じないことなど海外メディアは健全であると思います。
https://onepeterfive.com/
https://www.youtube.com/user/Taylor0Marshall/videos?disable_polymer=1



 跪きさんへ    ..泉馨    
      2019/09/30(月) 15:10  No.2825
 
 
批判されるのなら、たとえ要約でも、ご自分で日本語訳されて問題点を明記し、それについて解説を加えるべきではないでしょうか。


 岡田大司教様の公開書簡    ..跪き    
      2019/09/23(月) 17:38  No.2824
 
 
(下の記事は編集中に不注意で文字反映してしまった記事です。書きたかったことは本投稿です。申し訳ありません。)


特にインカルチュレーションに関する記述を読み驚きました。
語学力のある皆様、伝統の御聖体拝領の方法を大切に思っておられる皆様、私達一般のカトリック信者の思いは岡田大司教の考えられる望みとは異なると、伝えていただきたいと思います。

大司教様の本日のブログ記事を引用します。

http://tsurumai.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-b4b832.html

【以下引用】●★の付記は投稿者

2019年9月23日 (月)



On renewal of the Roman Curia




An open letter to express my personal views

On renewal of the Roman Curia



Beginning with the arrival of St Francis Xavier to Japan,
our country has a history of 470 years of evangelization.
More than 200 years of this was a time of persecution and prohibition of Christianity,
and we are still very much a minority.
We are only one million including many foreigners, in comparison with the total population of 130 million people.
We do need help, guidance and spiritual support from other Churches in the world, especially from the Holy See.


Our Supreme Pastor of the world Pope Francis is very eager to renovate the situation of the Curia of the Holy See. 
I express heartfelt support to His Holiness, and on the occasion of his visit to Japan,
I would like to express again my personal suggestions for the renewal of the Roman Curia of the Holy See.


I personally wish to make suggestions on the following three points:


・Inculturation

・Decentralization

・Spiritualization



●INCULTURATION

One of the most important issues for the Catholic Church in Japan is
the task of inculturation of the teachings of the Gospel and the Liturgy.

Regarding the Liturgy,
we received special permission after the Second Vatican Council for adaptations concerning the Order of the Mass and the way of celebrating Mass.

★For example, according to our culture and custom,
★we wish to receive Holy Communion in the hand respectfully,
★and not to receive directly in the mouth.
★This practice may still be maintained,
★but I am afraid that in other cases permissions may be canceled.

It seems to us that the new version of the General Instruction of the Roman Mass will result in the cancelation of some cases of adaptation which were previously permitted to the Bishops’ Conference of Japan.

We see a serious problem in changing the current manner of celebrating the Mass which has been welcomed by the people and taken root deeply in the Church.
The Bishops‘Conference of Japan sent our new alternative plan to the Congregation for Divine Worship and the Discipline of the Sacraments some years ago.
Until now we have had no response from the Congregation.

We have also requested approval of the Japanese texts translated from the Latin for the prayers of the Mass. We humbly ask for acknowledgement of our qualification to decide official Japanese translations from the original Latin texts.

In sum, I propose that the Roman Curia be more open to cultural adaptations initiated by the local Churches.



DECENTRALIZATION

I am afraid that there may be too much centralization of power in the Holy See. I suggest that the Holy See try greater decentralization of power through delegation to the Bishops’ Conferences.
It is very desirable for the Universal Church to share responsibility among local Churches.

Half of the population of the world consists of Asians.
The Holy See should make use of the human resources of Asian countries.



SPIRITUALIZATION

Japanese society is very much secularized, although we Japanese still have a good moral sense and strong consciences. But what we lack are genuine spiritual Christian values, values which we would expect to find at the center of our universal Church in Rome.

We wish that the Roman Curia would be a sign for us through poor, humble, faithful and holy servants of our Lord Jesus Christ working there.

In the past we have had a bad impression of the world of the Vatican as a place of power struggles or games. Now we hope that under the initiative of the present Holy Father the Holy See will be renewed to become as holy as its name indicates.



23 September 2019 With best regards and wishes,

Yours sincerely in Christ



Peter Takeo Okada

Archbishop Emeritus of Tokyo

Administrator

Catholic Hongo Church

【引用終了】

 (編集済)



 岡田大司教の公開書簡    ..跪き    
      2019/09/23(月) 17:24  No.2823
 
 
特にインカルチュレーションに関する記述を読み、驚きました。
語学力のある皆様、ミサ中の跪きを大切に思っておられる皆様、私達一般のカトリック信者の思いは岡田大司教の考えられる望みとは異なると、伝えていただきたいと思います。

大司教様の本日のブログ記事を引用します。



 掲示板をご覧になられ、ご利用いただいている皆様へ    ..Maggie    
      2019/08/08(木) 11:39  No.2822
 
 
管理人として、いろんなことに対応できていないことをお詫びいたします。

今年の初めから両親共に要介護5で寝返りも打てない寝たきり状態になり、それぞれの症状の悪化で介護の形も変化して、幸いにも、今、ようやく小康状態になっております。

その介護ストレスからか先月には私自身が帯状疱疹になり、また、長年、不調をきたしていた持病が判明したこともあって、介護の合い間に通院しております。

大阪教区は本当に酷い状態になっておりましたが、嘆き悲しむ我が子たちを見捨てたりなさらない神様は、前田枢機卿様とお二人の補佐司教様を通して、再建への途上につかせてくださいました。

この再建のお導きが、他の教区にも及び、日本のカトリック教会が寛容で温かい教会に戻れますように祈っております。



 泉馨さんんへ    ..Maggie    
      2019/08/08(木) 11:17  No.2821
 
 
「ケリオット」、イスカリオテのユダですね。

「ヨハネ」さんは、こちらの掲示板によく投稿されるのはお二人で、お一人はご高齢の信徒の方で、もう一人の方は長らく闘病されておられた方と拝察しております。

お二方とも熱心な信徒さんで、さまざまな困難な中で耐え忍びつつ信仰しておられます。

皆さん、それぞれの信仰スタイルもあり、心安らぐ形で祈りたいと切望しているにすぎません。

ただ、表現方法などで、気に障る方もいらっしゃるのかもしれませんが、基本的には相手の中にキリストを見て、善意をもって理解をし合えれば幸いです。

人それぞれに感じた方・受け留め方も異なります。
どういうことがユダのような裏切り行為に思えるのかも書いていただかなければ、ただの批判にしか思われません。

他者の信仰姿勢に対して善悪を判断されるのではなく、疑問に思うこと、違和感を感じられることを書かれて尋ねられてはいかがでしょうか。

日本で少なくなっていくカトリック者ですが、各々が生き生きとしていてこそ福音を証しすることにつながると思います。

どうぞよろしくお願い致します。





 


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