受け継がれてきたものを次世代に
聖母マリアの花園

天 使 祝 詞

めでたし聖寵満ち満てるマリア、主は御身と共にまします。

御身は女のうちにて祝せられ、ご胎内の御子イエズスも祝せられたもう。

天主の御母聖マリア、罪びとなる我らのために、今も臨終のときも祈り給え。アーメン


カトリック信者、カトリックに関心のある方のための掲示板です。

現在の教会を憂える方、戸惑われている方、大歓迎です。


意見交換の場ですので、礼儀と節度ある投稿をお願いします。

虚偽やふさわしくない投稿は、管理人の判断で削除します。 管理人:maggie




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 御礼とフィローニ枢機卿様訪日について    ..シャロンの水仙    
      2017/06/15(木) 01:15  No.2668
 
 
maggieさん、サブタイトルの件についてお答え下さいまして、どうもありがとうございました。
新参者ですが、受け継がれてきたものを歪めることなく引き継ぎたいと思っている者の一人です。
今後ともよろしくお願い致します。

イエズス・マリア・ヨゼフさんが書き込まれた、フィローニ枢機卿様へ
信徒の「声」を伝えることにつきましても、是非実現されて欲しいと願います。



 9月にフィローニ枢機卿(福音宣教省長官)が訪日予定    ..イエズス・マリア・ヨゼフ    
      2017/06/13(火) 18:50  No.2667
 
 
9月18日(月)から25日(月)の日程です。
京都の司教様のスケジュール予定に載っています。
http://www.kyoto.catholic.jp/new/shikyo/schedule_2017.pdf

日本は福音宣教省の管轄ですので、どうにかこの機会に信徒の「声」を伝えたく思案中です。



 掲示板の姿勢には変更有りません    ..管理人 maggie    
      2017/06/13(火) 16:26  No.2666
 
 
全く変わりません。

現在、日本に住む信者は信仰を深めるためにもカトリックのことをもっと知りたいと勉強をすると、どんどんジレンマを抱え込むという状況にあります。

司教様方は、余計な勉強などせずに司教様方の仰る通りにだけ動く信者を望まれているのでしょうか?

私はそんなジレンマや苦しみ、悲しみもすべて神様にお捧げしたいと思っています。
心が折れそうに何度もなりましたし、これからもまたそのような状態になることがあると思います。

信者の置かれている状況はさまざまですので、孤立してしまうこともあることでしょう。

そんな時、この掲示板を使っていただければ、誰かが手を差し伸べてくださるのではないかと思っています。
御手の道具となって、苦しむ人と苦しみ、悲しむ人と共に悲しみ、寄り添っていただければ幸いです。

シャロンお水仙さんのご投稿を拝見していて、つらい思いをしながら信仰をしていらっしゃることが分かります。

大阪教区では聖体拝領の姿勢ゆえに授けることを拒まれるということはありませんでしたが、新しい「ローマ・ミサ典礼書の総則」に基づく変更箇所の導入以降、聖職者ではなく信徒が「裁く」ことがあるようで、特に受洗間もない方に偏見の視線を注がれることは看過できませんので、そのような時には本来の拝領の姿勢から説明することにしています。

聖書朗読後の黙想を無視し、答唱詩編の歌い方も指示通りにできず、さまざま守っていない現実があるのに他人の拝領の姿勢だけは気にかかるというのも理解できないのですが・・・

こちらは意見交換の場ですから、意見が合わないこともあるでしょう。
そんな時には相手の中に苦しむキリストを見ていただきたいと思います。
厳しく感じられる文章には、それだけの苦しみやジレンマを秘めているのですから・・・

ここは愛のあふれる「聖母マリアの花園」でありたいと願っています。



 管理人さんへ    ..ミキオ    
      2017/06/13(火) 12:14  No.2665
 
 
この掲示板の基本的なスタンスは変わってはいないという認識でよろしいのでしょうか?


 掲示板のサブタイトルについて    ..管理人 maggie    
      2017/06/13(火) 02:58  No.2664
 
 
ご指摘にあったように「聖座忠誠派掲示板」から「受け継がれてきたものを次世代に」に変更しました。
理由は、聖座に忠誠を尽くしたいという願望のもとの掲示板であることを「聖座忠誠派」と名乗るのはおこがましいと思ったからです。

「受け継がれてきたものを次世代に」というのは、自分の願望や姿勢を明確に表しました。



 シャロンの水仙さんへ    ..猫の手も借りたい    
      2017/06/13(火) 01:44  No.2663
 
 
私も受洗以来聖体拝領の仕方で苦しんできました。
舌で受け続けてもう20年以上たちます。
私は、教会を放浪し続けていて所属教会を持っていません。
今でも、司祭の目は冷たく疎外感を感じています。聖体拝領しに幾たびにいつもどきどきしております。
でも、イエズス様を受ける喜びはそれ以上なのです。私が言いたいのは、聖体拝領の形ばかり気にして自分の心をみない信者が多いという事なんです。
トリエントミサでしか聖体拝領はしないとか、そういう人もいますし。
人間は生きている限り、罪を犯し続けます。
告白をしたからと言って全くきれいな状態で聖体拝領ができるわけではないのです。
聖体拝領は神様の恵み以外のなにものでもありません。
なので、聖体拝領をするならまずそれに相応しいように努力すべきだと思うのです。
もし、司祭が手で受けなさいと言われて、従ったとしてもあなたに罪はありません。
神様は従順に従ったあなたを祝福し、あなたの心の犠牲をお受け取りになられると思います。
その後の事は、また考えたら良いでしょう。
席にもどり、霊的聖体拝領をするとか、または違う司祭を探すとか方法はあります。
この聖体拝領の方法は今でも、悩みの種です。
なぜ、教会に行くのにこんなに苦しまなくてはならないのかわからなくなる時があります。
しかしながら、教会としての共同体ではあっても結局は一対一の関係になります。私と神様としての。
私もそうでしたから、言います。
情報に惑わされないでください。
大切な事は、神様を愛することです。
マリアさまを愛することです。
そして、祈ることです。
これが基本なんです。
私達はいつしか聖書を読むことを忘れ、興味をそそるものにいってしまいがちです。
私は、いつもどうしたら神様のみ旨にそった生き方ができるのか考えています。
教会がだめだと考えているならいかなければいい。
家で祈ってその答えを見つければいいと思います。
生活の中にも答えのヒントは隠されています。
そして、それは本当に探している者でなければ見付けられないものです。
あんまり上手くは言えませんが、お察しくださればうれしいです。
たしかに以前の掲示板から見たら変わっているのがわかります。



 掲示板上部のフレーズについて    ..シャロンの水仙    
      2017/06/12(月) 23:52  No.2662
 
 
「聖母マリアの花園」の上の句は以前から「受け継がれてきたものを次世代に」でしたっけ。
今し方、「聖座忠誠派掲示板」から変わっているのに気付きました!
 ※管理人のmaggieさんはお忙しいと思われますので、返信はご無用です。
  念のためにお伝えすると、文句ではございません。



 猫の手も借りたいさんへ、その他独白    ..シャロンの水仙    
      2017/06/12(月) 23:51  No.2661
 
 
私が善意の人かどうかは、神のみぞ知るですね…(笑)。

司祭に従いたくとも、「イエズス様が教会の頭としてお定めになった聖ペトロの後継者(教皇)」の方針に反する言動をされる司祭にも従うべきなのか?と思います。

激しい表現をあえて使うと、反教皇=異端思想ではないかと…。キリスト教らしき思想をまとっていても、「カトリック」ではないのではと…。
そのように気づく判断力のタラントン(タレント)を地面に埋めたままで良いのか?とも最近考えております。


色々と悩みますが、神の御摂理により今は東京教区に住んでいるので、私個人のケースとしては、信頼できる司祭を探す道もあるのかなぁと思います。サボテンさんが少し前に仰ったように。

もし私の実家のような、教会の選択肢のない田舎に現在住んでいたとしたら、どのような司祭でも従ったのかもしれませんが…。(そして、田舎出身だからこそ、選択肢がなくて苦しんでいる信徒の方々のために祈るなり、何なりしたいです。)


----ここからは、猫の手も借りたいさん個人宛てへの言葉ではありません。

◆黙示録と異端について(本日、偶々黙示録を読んでいて思ったこと)
イエズス様はニコライ派(異端)を憎んでいます。エフェソの教会に対し、同じくニコライ派を憎んでいることを「長所」だと褒めていらっしゃいます。
また、ラオディキアの教会に対しては、生温い行いを咎めていらっしゃいます。

イエズス様の教えに反する言動の司祭を厳しく批判することも、「信徒使徒職」の一種ではないでしょうか?
ある外国出身の信徒さんは、「ときには信徒が厳しく言わないと、神父様が我儘に育ってしまう」との旨のことを漏らしていました。


◆男性に対して(勝手なお願い)
跪きなどの信仰に関わることについて、女性が司祭に対して何か発言しても「信心家(※悪いニュアンスで)のたわごと」と捉えられる傾向があるのではないかと思います。

こういうのも何ですが、教会に通っている男性にもっと「剛毅」を発揮して欲しいとも思ったり…。



 シャロンの水仙さんへ    ..猫の手も借りたい    
      2017/06/12(月) 12:42  No.2660
 
 
あなたのことではありません。
あなたは善意の人です。
納得できなくても、司祭に従ってください。イエズス様は全てをご存じですから。
あいかわらず、人の挙げ足をとり、抽象する人がいます。
そういう人こそ迷惑投稿だと思います。



 サボテンさま、応援ありがとうございます。    ..シャロンの水仙    
      2017/06/09(金) 02:56  No.2659
 
 
今回の出来事の翌日には、ここしばらく聴くことができなかった
”Kyrie”音声ファイル(スマートフォン内)の読み込みエラーが突如直るという慰めがありました。

サボテンさんに理解できないと仰っていただいた、その場の目前の祭壇の上には、
片膝をついて跪拝する二位の天使の御像が据えてあるというおまけつきです…(笑)。

主任司祭の神父様に対しては、洗礼式当日から「楯突く」行動をしているので、
今回よけいに厳しく指導されたのかもしれません。
復活徹夜祭のミサ開始直前の、「舌で拝領したい」との希望を予め申告したときに
「バチカンの英語のサイトを見た(教皇儀典室の文章内容には言及せず)」等の理由も伝えました。
しかしながら、「バチカンには必ずしも従う必要はありません。会衆の動作の『一致』が大事です。
日本の司教団の方針に従って下さい。イエスに倣うとはどういうことか、
まだ時間があるのでよく考えて下さい」旨の言葉を返されました(このときの問答は色々あったけれども省略)。
結局、私が舌で拝領する方式を選択したので、要注意人物だと認識されているのだと思われます。

「最近の日本の井戸の中でインスタントに作ったルールの死守」=「善」、
すなわち「イエズス・キリストに倣った『従順』」というトンデモ理論は理解できないです。
有名な沈没船ジョークでも揶揄されているような、「その時の雰囲気や世間大多数に従うこと=正しい行動」だと思考してしまうことも避けたいです。

持ちかけにくい話題なので、代母さんなどの所属教会の方にはまだ何も相談していませんが、今後のことについては祈りつつ考えてみます。とりあえず三位一体の主日には、他の教会へ行こうと思います。

◆手による聖体拝領: さいたま教区のWebサイト「2016年12月 5日 『司祭・助祭の集い』講話」について
ここで語られている内容ですが、手による拝領方法についての「ところが、これは日本だけの特例かと思ったら」の箇所にも驚愕しました。「日本だけの特例かと思った」主体者が、大司教様なのか当時の高位聖職者方なのかは不明ですが、そのいずれにしても他国の動きを知らなかった訳はないだろうと…。

◆ミサ典書について
『毎日のミサ典書』は、昭和42年10月7日発行の 第12版を入手しました。P757の「信者の聖体拝領」枠内において空白部分が目立つので、ここが改訂された部分なのかな?と思っていました。
同典書は、ミサ聖祭に関する詳説も然ることながら、諸聖人の解説、品位ある美しい挿絵が組み入れられているのも、素晴らしいですね。
長江司教様による類似書も、どのような本の造りなのかどうか見てみたいです。


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◆日本の教会の人的動向を追っている方のための補足
上述の神父様は昨年の待降節などに『聖書と典礼』に寄稿している方ですが、1970年代から大司教様、補佐司教様との深い繋がりがあります(教会関連公式サイト情報から判明)。
今年辺りから、慈生会(かのフロジャク神父様が創設された…)の評議員の仕事を、補佐司教様から引き継いでいる動きは、個人的に気になる点です。
 ※高位聖職者様方が、この文章を読む可能性を心得た上で書いています。





 


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